トランプ大統領就任演説考

トランプ就任演説はリアルタイムに、NHKの同時中継番組、同時通訳を聞いたが、通訳者のレベルの問題なのか、或いは事前のバイアス統制があったのか、なかなか要領を得ない浅薄な通訳だった。その後、各方面から就任演説全文が書き下ろされたが、それを読むと、今回のトランプ大統領就任の歴史的な意義を感じざるを得ない。ドナルド・トランプという人物自体の評価は、残念ながら彼に対する知識、或いは彼自身の手腕というものをまだ実際に見たことが無い為、想像するしかないが、彼のような人物がこの時点の歴史において登場した、という観点と意味から彼の就任演説を読解すると、やはり大きな歴史の転回というものが見えて来る。また、そこから、トランプという個人評価も逆照射出来うるのではないか、と思う。演説全文から気になる点を箇条書きにして、私なりの評価をしてみた。

★従来の大統領なら誰でも就任する先のワシントンD.C.こそが、彼の権力の拠り所となる象徴であり且つアメリカ支配の頂点であるが、それを国民と対比させ、しかも「権力」の移行を行うことを宣言した。これは米国史上初めてのことではないだろうか。いわば、“クーデター政権”と言っても良いのではないか。

  • 「ワシントンにいる一部の人たちだけが政府から利益や恩恵を受けてきた。」

★一部の者とはEUも含め、いわゆる富を独占するエスタブリッシュメントのことを指すと思われる。「トランプ自身もその一員ではないか!」という反論もあるようだが、表層的な資産だけ見るのではなく、世界経済支配構造の核心領域に位置しているかどうかで判断すべきだろう。少なくともトランプは“外れ”或いは“異端”であるのは間違いないだろう。

  • 「ワシントンは繁栄したが、国民はその富を共有できなかった。」
  • 「権力層は自分たちを守ったが、アメリカ市民を守らなかった。」
  • 「アメリカ全土で苦しんでいる家族への祝福は、ほとんどなかった。」

★これらの発言は、エスタブリッシュメント権力による現実的な弊害として、国民或いは市民、家族という比喩的概念で訴えた発言だが、「あなた方の現実がこんなにも苦しい原因は一部の支配者のお蔭だ!」ということだろう。

  • 「本当に大切なことは政府が国民により統治されることである」
  • 「2017年1月20日は、国民がこの国を治める日として、これからずっと記憶に刻まれる」
  • 「国は国民に奉仕するために存在している」

★この発言を根拠に、青山学院准教授の米山明日香は、某報道番組でケネディ演説と対比させて「大統領就任演説史上最低」「教養がない」と酷評したが、彼女は「国民の国家に対する責任」を強調し、それを米国民主主義の根幹と言っているのだが、トランプの発言は、「政府(ガバメント)は国民(ネイション)が統治するものである」という主旨であり、「国は国民に奉仕するために存在」であるという部分は、日本国憲法15条の国家公務員条項の理念と被るものだろう。ちなみに、米山の言う「国民の国家に対する責任」とは、安倍晋三が目論む改憲の要諦でもある。このような観点からも、このトランプ発言は私は納得できるものである。

  • 「母親と子供は都市部で貧困に苦しみ、工場は錆びき、アメリカ中に墓石のごとく散らばり、教育は高額で、若く輝かしい生徒たちは、知識を習得できていない。犯罪、ギャング、麻薬があまりにも多くの命を奪い、花開くことのない可能性をこの国から奪っている。」

★中間層或いは底辺層の状況をこれほど具体的な表現で現した大統領演説はなかったのではないか。ちなみに名演説のオバマは就任時「家を失い、仕事は減り、商売は行き詰まった。医療費は高過ぎ、学校制度は失敗している。」という抽象的センテンスしか言ってない。人間が崇高な表現に酔うことも事実だが、現実のありのままの表現に共感することも亦事実だ。

  • 「何十年もの間、私たちはアメリカの産業を犠牲にし、外国の産業を豊かにしてきた。」
  • 「他の国々を豊かにしたが、自国の富、力、自信は、地平線のかなたへ消えた。ひとつずつ、工場が閉鎖され、この国を去った。数百万人のアメリカ人労働者が置き去りになることなど考えもしないで、そうした。」
  • 「中間層の富が、その家庭から奪われ、世界中に再分配された」

★これまで「善的行為」という神学的見地からのアメリカの対外政策の間違いを批判した発言として捉えることができる。「アメリカもそのことで利益を十分得ているのではないか!」という反論を考慮したうえで、そのような反論には「ではその利益は一体どこへ行ったのだ?」という再問いかけの答えが「ワシントンにいる一部の人たちだけが政府から利益や恩恵を受けてきた。」であり「ワシントンは繁栄したが、国民はその富を共有できなかった。」だ。

  • 「私たちは今日、ここに集まり、新しい決意を発し、すべての街、すべての外国の首都、すべての政権にそれを響かせる」
  • 「今日、この日から、アメリカ第一のみになる。アメリカ第一だ。」
  • 「貿易、税金、移民、外交についてのすべての決定は、アメリカの労働者と家族の利益のために下される。」
  • 「他国の暴挙から国境を守らなければなりません。彼らは私たちの商品を生産し、私たちの会社を盗み、私たちの仕事を破壊している。」
  • 「保護こそが偉大な繁栄と力に繋がる」

★まさにトランプ就任演説の核心=キモの部分だろう。これまでのエスタブリッッシュメントに支配されていた層への具体的なアピールだ。「保護主義」「モンロー主義」の宣言と見ても良い。演説の最初に「権力の移行」を宣誓し、その後にその対象としての国民の今ある現状を具体的に述べ、そしてここで檄を飛ばす、という三段論法は、なかなか良く練られた演説である事をうかがわせる。「保護は戦争を招く」という一般論となったことを逆転させ、「保護こそ繁栄(を招く)」と述べたことは重要だ。

  • 生活保護を受けている人たちに仕事を与え、アメリカの労働者の手と力で国を再建する」

★原文「worker」だが、アメリカでは「ワーカーとレイバー」を区別するので、トランプの頭の中にいわゆる左翼的言辞としての「労働者階級」の意識はないだろう。しかし、「働くものの力で国を再建する」という表現は、少なくとも戦後、冷戦を経て資本主義が唯一の社会経済システムとなっり、その先導者でもあった米国において、このような転換が起こるとすれば、それはやはり「革命的」と言わざるを得ない。

  • 「私たちは2つの単純なルールに従う。アメリカ製の商品を買い、アメリカ人を雇うことだ。」

★「保護主義」の具体的な表現を分かりやすく説明したものだ。鎖国保護主義は別のものであり、要は経済成長或いは維持の基本的な力点を外に求めるか(外需)、内に求めるか(内需)の違いである。そういう意味では「保護主義のほうが内需を拡大し経済が成長するので、逆に輸入が増える。」(中野剛志:対談集「グローバル恐慌の真相」)という経済的主張もある。「保護主義」が戦争を招いた大きな要因に、「情報(の無さ)」があると思われる。しかし、インターネットと言う歴史的革命的コミュニケーション技術の進展は、単純に「保護=戦争」という観念を破壊するだろう。各国が、少なくとも先進国において内需主導型へ移行し、且つICT技術の駆使により、保護主義の弊害を消去させることは可能に思える。

  • 「すべての国には自国の利益を優先させる権利があることを理解する」

★トランプをヒットラー再来とする主張もあるが、この言辞を読む限り、その心配はないように思える。この言説の後には多分、「だから貴方たちも自分の国のことは自分でやれ」という意味も含まれるのだろう。

  • 「私たちは自分たちの生き方をすべての人に押し付けることはしないが、模範として輝やかせたいと思っている。」

★ここにアメリカのプライドを語っている。

  • 「私たちは古い同盟関係を強化し、新たなものを形づくる」

★ここは、なかなか深読みが出来ない個所だ。わが属国政府はこの言辞に胸をなでおろすかも知れないが、「新たなもの」の意味をどうとらえるのだろうか。

  • イスラム過激派のテロに対し世界を結束させ、地球上から完全に根絶させる。」

★深読みする評論家の中には、「軍産複合体とISは裏でつながっており、それをCIAが手助けしていることに対するトランプ側からの宣戦布告」(国際政治評論家:田中宇氏)と見る向きもある。私はそこまではわからないが、ロシア・プーチンとの関係が今後どのように進展するかをみれば、それなりに見えて来るだろう。

  • 「私たちの政治の基盤は、アメリカ合衆国への完全な忠誠心だ。」
  • 「私たちは隠さずに思っていることを語り、相違について討論するが、いつも団結を求めなければならない。」
  • 「国家は努力してこそ存続する。口ばかりで行動が伴わない政治家をこれ以上受け入れることはできない。」
  • 「意味のないお喋りは終わりを迎える時だ。今、行動の時が来ている。それはできない、と言うのはやめよう。どんな課題も、心を開き、戦い、アメリカの精神を持てば、乗り越えられる。」

★とにかく選挙中から「行動」を訴えてきたトランプだが、演説の締めくくりでこれまでのエスタブリッシュメント支配を再度批判し、自らの政権の基本的在り方を「行動」と位置付けており、トランプの本気度が伺えるところだ。

  • 「私たちは、新しい時代の誕生に立ち会っている。」

★トランプ自身が歴史認識上でこのような発言をしたかどうかはわからないが、これまでの言辞から見て、素直に納得せざるを得ない個所だろう。

  • 「黒い肌、褐色の肌、白い肌、誰であろうと、同じ愛国心の赤い血が流れている。」
  • 「私たちは同じ輝かしい自由を享受している。」
  • 「子供がデトロイトの都市部で生まれようと、ネブラスカの風の吹く平原で生まれようと、同じ夜空を見上げ、同じ夢を心に抱き、同じ全知全能の創造主によって生命の息吹が吹き込まれる。」
  • 「皆さんは再び無視されることは決してない。皆さんの声、希望、夢が、アメリカの歩む道を決める」

★最後は、融和と団結という従来の就任演説に見られる言辞が続いたが、ここでも「再び無視されることは決してない」という檄と決意が述べられる。トランプ支持派は感極まり、涙も出るところだろう。

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さて、長々と、独自の勝手なトランプ就任演説分析を行って来たが、演説後の彼の素早い行動とその内容から見ても、世界は本当に大きく変わるだろうと思える。先日の報道ステーションで三浦瑠璃はトランプをマーケッターという観点から「もしかしたらアメリカ一人勝ちもあり得る」と言ったが、しかし、その一人勝ちがどこまで継続するか、単なる瞬間的状況に終わるのか、それはわからないがあながちあり得ないことではないと思える。

いずれにせよ、「今後どうなるのだろうか」と言う予測屋的立場からは何も生まれないということだ。「これからはこうする」というまさに主体的態度をコアとする、言い換えればトランプの言う「意味のないお喋りは終わりを迎える時だ。今、行動の時が来ている。」ということだろう。

※演説全文参考:ハフィンポスト日本版『 トランプ大統領就任演説「今日、この日から、アメリカ第一のみ」』より