『マルコムX自伝』(河出書房)を読んで

米国における黒人解放運動と言えば、真っ先にM.Lキング牧師の名前が上がるだろう。ちなみに今年の8月28日はキング牧師の『私には夢がある』という演説(1963年)から50年となる。しかし、もう一人、マルコムXを語らずに米国黒人解放運動を語るのはそれこそ片手落ちというものだ。もし現代にマルコムが生きていれば世界の情勢も大きく変わっていたかもしれない、と思わずにはいられないほど期待と魅力ある人物であったことを再認識した。

マルコムXは、1925年ネブラスカ州オマハで9人兄弟の4男として生まれた。父(アール・リトル)はバプティスト説教師であったが、アフリカ原点回帰運動の“マーカス・ガーベイ”に傾倒している「反白人主義」の持ち主でもあったため、人種差別主義者に虐殺(轢死)される。マルコム6歳の時である。また母のルイーズは白人の血が混じる混血でマルコムの肌の色も「兄弟の中で一番色が白く」、「いくぶん白いうことがあたかも何らかの地位を象徴するものであり、そのように生まれたことはほんとうに運が良かった」と自伝で述懐しているが、父の死、そして肌の色をめぐるアメリカ社会における黒人の置かれた矛盾を幼少の時期から鋭く感じ取っていたようだ。自伝は、まず前半で、この幼少時から十代で高校中退後のボストンにおける靴磨きの仕事をしながらの少年らしい社会への反抗とその後ニューヨークのハーレムに移り、麻薬や犯罪行為に手を染めていく部分と、二十歳で逮捕・投獄され、獄中でイスラム教に出会い、刑期を終えるまでの超人的な読書と思惟によるマルコム自身の内部・精神性の変化・成長が大きな対比となっている。表面だけみれば、ある意味どこでもある人生のサクセスストーリーにも見えるが、自伝全体からみれば、わずか10代から20代にかけてのこのような経験が後のマルコムXの悲劇をさらに増幅させる。後半は、いわゆる「ブラック・ムスリム運動」に積極的に関わりながら、白人に対する過激且つ実に鋭い言葉(名言と言ってよい)を次々と吐いていき、そのカリスマ性をどんどん向上させていく。しかし、ムスリム教団の指導者との確執から教団を出たあと、メッカ巡礼が契機となり、彼の視野と思惟は世界的な広さと人間存在の深さを獲得し、自ら信念とする「汎アフリカ主義」を掲げ新しい運動を始める時に凶弾に倒れ、39歳の生涯を閉じることになる。

マルコムX自伝』は、このように一人の若者の挫折と成功、そして劇的な死、という個人的な自己変革の生涯モノとして読んでもその意義は十分にあるが、しかし、自伝の中におけるマルコムの発言を拾い上げると彼の思想の芯にあるものは、色あせるどころか益々、今の世界のあらゆる人種差別問題、民族問題の矛盾に対する鋭い問いかけとなっている。自伝の中だけでは、キング牧師との関わりはあまり記述されてないが、当初はキング牧師の「公民権運動」或いは「白人融和主義」に対してマルコムは激しく対抗し、「公民権ではなく人権である」として黒人のアフリカ回帰運動を強くアピールするが、メッカ巡礼後の彼の視野は開かれ「問題の本質をみることが出来た」と暗殺直前に演説し、アメリカにおける2200万の黒人の幅広い統一戦線の結成(アフロアメリカン統一機構)を呼びかけるまでになる。

キング牧師の演説はどちらかと言えば聴衆の感情に訴え心を打つものであったが、マルコムXの演説は実に理路整然とし、また言葉の持つ論理的力を存分に発揮している。しかも、その身振り手振りは文字通りカリスマそのものである。このような彼の影響力を白人社会の支配層は十分に恐れたと思われる。

マルコムXが暗殺されてから45年後、黒人の大統領が出現することをマルコムは生前に予想してたであろうか?

米国初のアフリカ系アメリカ人大統領のオバマの演説における身振り手振りがなんとなくマルコムを意識していると私には思えるのだが・・・。果たしてマルコムが生きていれば、オバマに対して何を言うのであろうか!

そんなことを感じた『マルコムX自伝』であった。

 

<補記>

今から20年前になるが、スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演の映画『マルコムX』が上映されたので、その名前くらいは知っていると思う。自伝を読んでからの映画鑑賞の方がよりマルコムXを理解できるとは思うが、しかし、スパイク・リーデンゼル・ワシントンの入魂の一作であり、映画だけでも十分マルコムXの魅力とその大きな力に触れることは出来る。なお、映画では最後に南アフリカネルソン・マンデラ本人が登場し、「マルコムXとは、あなたであり、誰の心の中にもある」と静かに語っている・・・。