孤立無援の炭焼

「炭焼き」は実は非常にハードな作業である、ということはもう言わずもがな、かもしれません。第一次産業の別名呼称を「農林水産業」と言いますが、農業、林業水産業の中で、農業は「栽培型」、水産業は「狩猟型」という概念で捉えることが出来ますが、林業は少し違うような気がします。様相だけ見れば、苗を植えて刈り取る、ということで「栽培型」と言えるのでしょうが、農業の栽培がワンシーズンで完結するのに対して、林業はまさに50年近くを要し、実に三世代に渡って行う仕事です。その林業にあって、また「炭焼き」という仕事は、林業の中でも特殊な仕事です。炭焼の産業的な歴史をみると、「焼子制度(やきこせいど)」を無視する訳にはいかないでしょう。焼子制度とは,親方である炭問屋に隷属した貧しい製炭者が炭問屋に払下げられた広大な国有林に入山し,木炭を賃焼きする製炭形態です。製炭作業はほぼ一年を通して営まれますが,その間の生活に要する食料や日用雑貨品は,親方から現物で前借りします。その前借品代は盆と節気に焼分(焼き賃)で清算されますが,なかには前借品代の方が多く,次回も親方に払下げられた国有林に入山し,山から山へと移動しながら製炭稼業に明け暮れる者もいたそうです。(※篠原重則『都市住民の山村移住による備長炭の技術伝承』より)

さて、今月号でも紹介した阪本順治監督(60歳)の『半世界』はそのような炭焼職人をテーマにした物語だそうです。主演には、人気アイドルグループSMAPのメンバーである稲垣吾郎氏(44歳)が起用されましたが、阪本監督はこの『半世界』の創作意図について、「以前から求めていた世界観を実現するもの」として、「小さな物語ではありますが、グローバルとは相対するもうひとつの世界を、人生の半分を生き、どこへ折り返していくのか? 『半世界』はそんな彼らのささやかな日常を描く作品」と位置付けています。阪本監督は、「いつかは炭焼職人をテーマにした物語を作りたい」と思っていたそうですが、揺れ動く現実の社会の中の不条理とも言える矛盾を積極的に解決すると言うストーリーではなく、また理想を映像化する訳でもなく、人間が現実と言う避けられないものに直面し、そこをどのように生きて行くのか、を静かなメッセージで伝えたいという想いがあるようです。劇中に、「こんなこと、ひとりでやってきたのか」というセリフがありますが、炭材集めから窯立て込み、焼き、出炭とまさに炭焼作業は前述の焼子制度においても、「一人」でその肉体を通してしかできない作業ですが、だからこそその中でしか見ることのできない「生きる」ことの根底にあるもの、を感じることができるのかもしれません。阪本順治監督の著書に『孤立、無援』(ピア出版2005年)と言うエッセイがありますが、「孤立無援の炭焼作業」というイメージが監督自身の人生とも重なるものがあったのでしょう。

焼子制度というまさに社会の最底辺に生きるということは、現代社会においても表面上の違いはあれ、たとえば非正規雇用ブラック企業、格差問題などとも通底するものがありますが、とはいえ、果たしてそのような社会矛盾を単に表面的に批判し、他者依存的に政治的解決を目指すことが最適解と言えるのでしょうか。一人一人が生きることの辛さと意味をどのように考え、そしてそこからまた歩みだす、という確かに厳しい言葉ですが「孤立無援」を通してしかわからないものかもしれません。

 

ワイルドな稲垣吾郎、初公開!主演映画「半世界」で炭焼き職人熱演 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

 

<DAIGOエコロジー村通信6月号より>