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企業のしもべとしての国家(政府)を許すのか!

英国でアマゾンやスターバックス、グーグルなどの多国籍企業が法人税をまともに納めていなかったとして、英国議会において「租税回避」として追及されたのは記憶に新しいが、先日、わが日本の多国籍企業(になった)ユニクロの柳井氏も「世界同一賃金論」をぶちかまし、「年収100万円も仕方がない」とのたまった。また、現在問題になっているTPPも、その中に含まれる「ISD条項」などというものは「企業が国家を訴えることが出来、しかも国内法に優先する」条項であるという、全くデタラメなものである。これらの多国籍企業の動きを見ていると、利益を上げるためなら国家だろうが何だろうがすべて利用の対象であり、また国家の構成員としての自覚など毛頭ないことがよくわかる。ユニクロの企業理念は「独自の企業活動を通じて人々の暮らしの充実に貢献し、社会との調和ある発展を目指します」である。「年収100万でも仕方がない」という多国籍企業トップにとって理念などというものは言葉のお遊びなんだろうか。柳井氏は「グローバル化だから(年収100万は)仕方がない」と弁明しているが、「グローバル化」という言葉さえ吐けばすべてが許されるのであろうか。しかし、このような状況が形成されるのも国家を形成する構成員である我々”自然人”としての国民の責任もおおいにある。国家の運営を信託した政府そのものが(多国籍)企業の利益確保のためにしか動いていないのだから。疑うのであれば、わが日本政府の「産業競争力会議」の議論とその構成員メンバーをみれば一目瞭然である。
(この項引き続き論考中)