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モトクロスに呆けた遅い”中年時代”の思いで

TVが「鈴鹿8耐」をやっていた。オートバイ好きならだれでも知っている夏の風物詩にもなっているオートバイレースだ。ちょうどコーナーで転倒しているシーンが出たところだった。オートバイの転倒は必ずと言っていいほどマシンとともに転がり、マシンに体を巻き込まれたり、マシンが直接ぶち当たったりするので結構大怪我になる。それでもマシンにまたがり、マシンを操るのは、その風と共に走る一体感は、2輪以外では味わえない極上の世界を知ったからだろう。私がそのようなバイクの世界に足を踏み入れたのは今から30年以上前になるが、しかし、年齢は30を超えていた。普通は、バイクに興味を持つのは多分ほとんど10代だろう。30も過ぎ家庭を持つ身ながら、初めて異空間・異次元を体験したショックはその後左足靭帯を草レースで切断するまでほぼ10年続いた。遅咲きだったバイク人生だが、私がはまったのはオートバイでもオフロードを走るモトクロスである。正式名はモータークロスカントリーだが通常はモトクロスという。舗装されていない荒地にカーブ(コーナー)やジャンプ台、ウオッシュボードと呼ぶ凸凹道をとにかくスロットル目一杯に走り抜ける競技である。初めて購入したバイクが中古のYAMAHAのYZ125という競技専用マシンだ。モトクロッサーと言い、公道を走るバイクではないので、ライトもウインカーもない。公道では走らないので当然免許もいらない。始めた当時、京都と大津市の境目あたりにある比叡平と言うところに住んでいたが、ちょうど家の裏庭に絶好のコースがあった。何かの造成地だったようだが、中途半端な状態でほったらかしてある土地に、まぁ、人聞きは悪いが勝手に侵入し走り回ったものだ。30過ぎからのバイクはまずはリターン式のシフトチェンジに慣れることから始まった。これがなかなか曲者で、ローギアは一段踏み込むのだが、セカンドからサード、そしてトップへは逆につま先で押し上げなければいけない。この操作に慣れないうちに、スロットルを回すとエンジン回転が即ピーキーに達するモトクロッサーでは、2サイクルエンジンでもありこれまた即エンストしてしまう。このようなオートバイに乗せられた状態からなんとか早朝訓練(毎日のように早起きしこの他人の土地で無断に練習を繰り返していた)のおかげで、何とかマシンをコントロールできるようになったのは購入後1か月くらい経ってからだった。その後は、自分でも驚くくらいマシンコントロールが上達した。一つはとにかくモトクロスに関する書籍や雑誌は片っ端から購入し読み漁った。実践に先立つ理論、と言うところだろうか。理屈を頭に入れてそれを実践するというパターンは30過ぎの中年が始めるスポーツでは一般的かもしれないが、とにかくも益々オートバイにはまっていく自分が良くわかって来る。初めての草レースは、比叡山の先にあったコースだった。当時、たち吉に努めていた友人がいたがそいつと一緒に参加したレースだったが、今でも体が覚えているが、ジャンプ台を飛び越えたものの、フロントロー(業界用語!)になり着地で前方宙返りしてしまった。とにかく頭(ヘルメット有)を強打した。転倒後、視界というか視野が歪んで見えたので、結構な衝撃だったのだろう。しかし、まだレース途中である。30越えているとはいえ、気持ちは10代である。ここでレースを捨てる訳にはいかない。モトクロスは格闘技でもある。考えてみれば、レース参加者で一番高齢者でもあった(他は10代20代ばかり!)が、負ける訳にはいかない!などと、まぁ、自分のイメージの世界に入り込み、レースを続けた。このように私の30代からバイクを取り上げたら何も残らない、というような日々を過ごして来た。このバイクを始めた時期は、当時小さいながらも複数の店舗を経営していたのだが、非常に経営状態が悪化している時でもあった。毎日のような手形決済に負われる日々であったが、それでもバイクは止めなかった。自問自答したことがあった。「不渡とバイクの乗れないこと、どちらが重要か?」答えは当然「バイク」である。結構大きな金額の決済が控えている当日も朝から走り回ったものだ。普通なら、バイクなどかまっている暇があれば商売道に注力すべきところだろう。しかし、今でも思い返すのだが、あの当時自分を支えていたのは、理屈抜きの「オートバイに乗ること(厳密にはモトクロスをやること)が自分の人生そのものだ」、という純粋(或いは単純アホか!)な思いだった。現在の私にこのような自分を虜にするものがあるか、と問うとなかなか思いつかないし、今はもうバイクも乗っていない。しかし、今でもバイクを操っていた時の”気持ち”は忘れていない。またいつか機会があればモトクロスレースに出たいと思う、あの時の自分はまだ存在しているようだ。鈴鹿8耐をみながらしばし思いにふけたひとときであった。

草レース後の記念撮影(1986年)草レース後の記念撮影(1986年)