<暴露と狂気と革命>

事務次官に次いで強姦被害者が相次いで政権側に対して「暴露行為」を行った。「暴露」とは動物的行為でありそこには何らかの「快感」が存在することから、「理性」或いは「道徳」の側からは暴露行為を批判する根拠としている。しかし、この両者の暴露は他人を暴露するのではなく「自己暴露」であり、「秩序」から見れば「狂気」と思われるものだ。なぜ、社会的地位を持つものがそれを捨ててさえ「自己暴露行為」を行うのか。単なる「正義感」だけではないだろう。「復讐心」もあろう。人間はそれほど高貴な存在ではない。社会とは、「正気」と「狂気」が絶えず入り混じりながら存在するものであり、「正気」も「狂気」も絶対的価値ではない。「暴露」と「情報公開」の間には本質的な差異は無い。あるのは、個人の論理と組織の論理の違いだけだ。しかし、その落差は天と地ほどの差がある。「革命」とは「秩序の破壊」である。「秩序」とは組織の論理以外の何物でもない。組織の論理に対して組織で対抗するのが「政治」だとすれば、個人の論理で「秩序」に刃向う行為とは一体何か。それこそ「革命」の本質と言えないだろうか。すなわち、「正気」と思われているものに対する「狂気」の側からの闘いとして「自己暴露」がある。集団となれば「狂気」は「正気」となる。安倍の狂気が正気として堂々とまかり通っていることがその証左だ。安倍の集団的狂気に対して個人の「正気」での抵抗は無駄だ。個人の「狂気」と言われる「自己暴露」がアチコチから出始めることが「革命」へとつながる発火点となるのではないか。

「成熟」していない子・安倍晋三、「崩壊」していない母・安倍洋子

江藤淳の『成熟と喪失』は戦後世代作家の作品に焦点を当てた文学長編評論だが、江藤にはある意味珍しく、私が思うに、素直な社会評論ともなっている。彼は、この中で、米国人と日本人の男を比較して、「母子家系」の日本、「父子家系」の米国と言う切り分けで、「母の崩壊(喪失)」を媒介として、日本男児の未成熟さを問うている。簡略に言えば、「母離れ」こそが近代における男の価値としての「成熟」の条件である、ということだ。さてそういう観点から安倍晋三という男を見てみると、まさに江藤が言う「成熟」にほど遠い安倍晋三の姿が浮かび上がってくる。彼がトランプにすり寄る姿も、そういう意味ではいつまでも母親の乳房から離れられない「坊や」として見れば納得できる。安倍昭恵はそのような晋三に早くから「成熟した男」の無さに気付いたのだろう。とりあえずは、長くなるが安倍洋子の話を下記に引用する。彼女の言葉に対する評論は今回はしない。なお、本テーマは継続して思考していきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・<以下引用>・・・・・・・・・・・・・・・・・

「文藝春秋」文藝春秋)2016年6月号 安倍晋三首相の実母、洋子氏の独占インタビュー 「 「父、夫、息子を語り尽くした 晋三は「宿命の子」です」より抜粋>

・「晋三が自宅にいるときは、朝食はいつもわたくしのところで、昭恵さん(総理夫人)と一緒に青汁とヨーグルトと果物をいただいてから出かけてゆきます」

・「昔からお肉、特に鶏肉が好きでしたが、公邸に泊まるときはどうしても食事がお肉に偏りがちなようなので、自宅にいるときはなるべく野菜を炊いたりして、栄養バランスの良い家庭料理を出すようにしております」

・(晋三氏と昭恵氏が飼っている愛犬・ロイについて)「もともとは昭恵さんがよそからもらってきたワンちゃんなのですが、昭恵さんも活発にあちこち飛び回っていて、年中留守にしておりますから、ほとんど三階に来ています」「たまに昭恵さんが早い時間に帰ってくると、「今日は久しぶりに二階に行ったらどう?」と連れて行くのですが、三十分もしないうちに戻ってきてしまって」

・(現在の公邸ではなく私邸住まいについて)「本人にとっては良いのかもしれません」

・「前回の政権では公邸に泊まることがほとんどでしたが、あそこはお化けが出るとよくいいますでしょう(笑)。いまは建て替えられておりますが、五・一五事件二・二六事件の現場となった旧公邸では、亡くなった方もいらっしゃいますから、いろいろな怨念がこもった場所でもありますしね」

・「晋三が政治家になって、主人と似ていると感じるのは、一度言い出したらなかなか周りの言うことを聞かない、頑固なところです。それから、表面上は強く厳しいことを言っていても、裏では人のことを気遣うというのも、主人と似ていますね。晋三があるとき、古くからの支援者の方と衝突してしまったのですが、それでも何年か経つと、「あの人、あれからどうしてるかな。今度食事にでも誘おうかな」なんて言い出すのです」

・「昨年、晋三が安保法制の成立に一生懸命に取り組んでおりました。晋三も自らテレビに出ていろいろと説明をしておりましたが、安保法制の意味あいをまだ理解していない方たちが聞くのだから、もっと分かりやすい言い方をしなければならないのではないか、などと思いながら見ておりました」

・「大げさに聞こえるかもしれませんが、当時の父は本当に命がけで安保に取り組んでおりました。国民からあれほど反対されても、「国家のためにやっていることなのだから、後世の人々には絶対に理解してもらえる」としばしば申しておりました。わたくしからしてみれば、国家のためにやっていることなのに、どうして理解してもらえないのかと思っておりました」

・夫・晋太郎氏が落選したときは、「なかなか選挙にならなかったので、当時総理だった佐藤の叔父に、「なんで早く解散してくれないの」と申したこともございました」

・(1987年の総裁選にて夫が竹下登に破れたときのことについて)「わたくしは思わず「これはいったいどういうことになっているの」と口走ったものです」

・「時代はここまで移り変わっているのですから、いまの時代に合った憲法を作るべきなのではないでしょうか」

・「五十五年の歳月を経て、父と同じように国家のために命を懸けようとする晋三の姿を見ていると、宿命のようなものを感じずにはおれませんでした」

・「母親として晋三にしてあげられることはそうはありません。ただ主人の仏前には、晋三の健康のことと「晋三が、この国の歩む道を誤らせませんように」ということを、祈るばかりです」

 

 

気分とは?

 「気分が良い」とか「気分を害した」とか、私たちは日常的にこの「気分」というものに左右される生活を送っています。身体及び精神に関する医療科学が目を見張る進展を遂げた現在においても「気分とは何か」という問いの“正解”は出ていません。しかし、私たちの行動を基本的に左右するものはやはり「気分」というものでしょう。大会社の社長、或いは大統領、国王、大学教授、、、、と言えども人間である以上、この「気分」というものから逃れることは出来ません。確かにこの「気分」に従って行動すれば世の中の秩序は乱れるでしょうから、そこを人間は「理性」というものでコントロールしている訳ですが、コントロールしている対象はあくまでも「行動(アウトプット)」の方であり、その原因となっている「気分(インプット)」がコントロールされている訳ではありません。毎日が「気分が良い」状態を想像してみてください。もしこの「気分」というものを完全に人間が制御出来るようになれば何と“幸福”なことでしょう。
 この「気分」というものが学問研究の対象となったのはそれほど古くありません。古代ギリシアにおいてはこの「気分」も精神全般の範疇のなかでしか捉えられていません。このような「気分」を本格的に論じたのはドイツの哲学者ハイデッガーですが、彼は「人間活動の根本、或いは人間存在の根本として気分がある。あらゆる感動はある気分からやってきて、その気分のなかに留まっている。」ということを述べています。ハイデガーは哲学的にこの「気分」の解明を行ったのですが、心理学では、気分のことを「弱い感情」という解釈を行っています。ちなみに「強い感情」とは「情動」という恐怖や怒り、喜びなど生理的な興奮を伴い、その持続時間は一般的には短時間となるものです。となると「弱い感情」とは時には意識されることができず、しかし「情動」に比べると長時間続くものです。現代心理学では、この気分を情報処理と言う観点から「気分制御」という概念で捉えようという研究も行われていますが、そもそも「なぜ気分が発生するのか」という問いにはなっていません。これも先ほどの例の「理性」的対症法の域を出ないものでしょう。
 ハイデガーは「気分」は人間の内面と外部との「間(あいだ)」から生じるもので、「思惟や行為という能動的なものに先立って、他者や事物との出会いに制約を与える」ものとしています。ちょっと表現が難解ですが、分かりやすく言えば、「気分が悪い時に人に会うと、その気分をいくらコントロールしようとも人と会った時の雰囲気はちがうものだ」ということでしょうか。確かに、楽しい飲み会やってもだれか気分の悪い人がいると雰囲気は壊れますね。大相撲の横綱暴行問題もその根本に「気分」の問題があったのかもしれません。ここでは詳しく書けませんが、先ほどのハイデガーはこの「気分」には「人間を孤独な存在ではなく共同存在として結びつける力がある」という結論(仮説)を立てています。高度情報化が進み、AIなどというものが出現する現代において、「共同」「共生」ということが益々強く意識されるようになりましたが、人のつながりを現象面や理性、知性というものを越えた「気分」という人間の深い内面から作り出していくことも考えられるのではないでしょうか。ハイデガーの教え子の一人のオットー・ボルノウは「気分という語は音楽的な概念を人間の心のなかへと比喰的に持ち込んだものである」と言っています。音楽は「調子」です。「気分が良い」と「調子が良い」は符牒が合いますね。何かと話題の“ヒーリング”は「癒し」という訳されますが、ヒーリング・ミュージックというものの効果もあながち捨てがたいものかもしれません。
 「気分」とは本来が受動的なものですから、頭から「気分」をコントロールしようとすると益々「気分」は「滅入る」ことになります。「気分」が「晴れやかになる」にはその環境を整えるということが大事な様です。「共生」ということはまさにこの環境を整えることに他ならないのではないでしょうか。

AI(人工知能)と人間社会

毎日のようにテレビや新聞、或いはネット上で「AI(エーアイ)」という言葉を聞かない日は無いくらいですね。囲碁やチェス、将棋などで「人間に勝った」などと言っているうちは可愛いものですが、私たちの仕事を奪い、そして私たち自身の人生までもコントロールすることが可能である、などという解説を聞いていると、新しい技術としても手放しでは喜べないでしょう。「AI」が単なる技術と違うところは、これまでの技術が、車やメガネ、各種機械など、いわば人間の手足、或いは目、耳など「肉体」の代替延長にあったものが、「精神」の領域にまで入り込んできているということです。自動運転技術というものも、自動車そのものは人間の足代わりとして開発されて来ましたが、その自動車に「AI」を組み込むことによって、自動車自身が「思考」するという、ある意味次元の違う世界になります。「AI」はディープラーニング(深層学習)という、人間の脳の仕組みを応用した特殊な機能の技術を駆使して自らを成長させます。これまでの機械的な技術しか見ていない私たちにとって、「AI」という技術をイメージするのは少し困難ですが、良く報道されるロボットのイメージだとなんとなく理解できるでしょう。ロボットも人間の僕となって人間の手助けをしてくれるだけであれば非常に助かるものでまた便利なものですが、彼ら(敢えて「彼ら」と言います)が自ら学習を極め、人間を支配下に置くという逆転の可能性は非常に高いように思えます。「AI」が人間の仕事を奪うという現象は、まさにその逆転ではないでしょうか。「ロボットと言っても所詮は人間が管理するから大丈夫」という声もあるかもしれませんが、先述の逆転現象は私たちの身近なところからじわじわと起きているように見えます。私の感覚からすれば、自らの健康を全て病院や健康診断に委ねることも。この逆転現象の一つです。人間の医者が病院から放逐される日も遠くないかもしれません。「AI」で無くなる職業の中に医師も想定内です。さて、しかし、このような状況を嘆いてばかりでは、本当に「AI」に身も心も占領されてしまいそうですが、良く考えれば、根本的、本質的なところに行きつきます。それは、古代からの哲学、或いは宗教にも関わる「私は何者か」「私は何故生きているのか」という問いかけです。これは「脳」の問題ではなく、「心」の問題です。人間には「心」という摩訶不思議なある意味非合理な世界があります。果たして、「AI」は「心」の領域にまで介入することができるのでしょうか。もしできるとしたら、それは「AI」が能動的に進化するということではなく、人間自身が「AI」に自らを合せていくという生き方を選択した場合のみでしょう。昔、「あなた人間辞めますか」という覚せい剤のCMがありましたが、まさに「人間が人間を止めた時」が「AI」が「神」となる時なのでしょう。しかし、「人間を止めなかった人間」にとっては、「AI」は「悪魔」でしかありません。さて、貴方は人間を止めますか、それとも人間であり続けたいですか!!

革命の内面起源~映画『エルネスト』鑑賞記~

今月号会報でも紹介していますが、8月の研究会「キューバ革命チェ・ゲバラの写真展」の視察の折に、映画『エルネスト もう一人のゲバラ』の紹介があり、先日の上映公開に合せて早速鑑賞して来ました。映画では、ゲバラはあくまでも脇役で、主役はオダギリジョー演ずる、フレディ・前村・ウルタードという名もなきボリビア出身の医学生ですが、このフレディがゲバラカストロとの接点におけるセリフのやり取りにこの映画のある種の神髄を感じました。フレディは祖国ボリビアにおける革命解放軍に志願するにあたり、ゲバラの面接を受けますが、この時に次のようなやり取りをします。

 ○フレディ:「司令官(コマンダンテ)、貴方のその闘いの信念は一体どこから来るのですか?」
 ○ゲバラ:「私は常に怒っているのだ。憎しみから始まる戦いは勝てない。」

もう一つ紹介しましょう。

 ○フレディ:「フィデル、私は何をやるべきでしょうか?」
 ○カストロ:「それは人に聞くものではない。いつか君の心が教えてくれるだろう」

私は、このセリフのやり取りに何とも言えぬ感銘と、そして自らの心の内面における葛藤と闘いこそが人生にとって必要不可欠なものなのだ、とつくづく思いました。キューバ革命が、或いはエルネスト・チェ・ゲバラという存在が何故今も自分の心の中で活き活きと生き続けているのか!その理由が分かったような気がします。もう一つ、紹介しましょう。

(前述のゲバラとのやり取りの後に、、、、)

 ○フレディ:「『新しい人間』になるんですね!」
 ○ゲバラ:にこっとうなずく

これは、ゲバラがフレディが学ぶハバナ大学で学生の前で演説した時のフレーズ「新しい人間(オンブレ・ヌエボ)」のことです。この時、彼(ゲバラ)はこう言いました。「大学は学生だけが学ぶ場所ではない。農民、労働者、多様なものが学ぶ場所だ。そしてそこから新しい人間が生まれるのだ」ゲバラは、革命後、「自分のためではなく、他人のために自ら進んで働く生き方」を常に述べ、一人ひとりがそういう「新しい人間」に変われば、苦しみで覆われている世界を自分たちの手で変えることができる、という信念を学生の前で述べたのです。ここに、ゲバラの心の内面にある彼独自の道徳心、それは「ゲバラ主義」と言っても良いのかも知れません。フレディも、そこに自らの求める生き方を発見したのでした。そして、それは、フィデルカストロ)に言われた、「君自身の心が教えてくれる」というあのセリフと共鳴するのです。

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 さて、映画については、これ以上述べると”ネタバレ”になるので、後は皆さんに直接鑑賞してもらうしかありません。
ところで、現在衆議院選挙が行われています。いろいろな政党からいろいろな方々が有名無名問わず、声を張り上げています。しかし、彼らに「(真の)怒り」と「心の声」が果たしてあるのでしょうか。翻って、彼らを選ぶ我々にも「(真の)怒り」と「心の声」はあるのでしょうか。
 私たちの環境は、物質的に非常に豊かになりながらも、「これでもか、これでもか」と留まる事を知らない新しい物質(商品)の波にのまれ、また大量無限の情報の渦は新しい「統治システム」を模索しています。しかし、その裏側では、貧困と格差が激しい勢いで拡大し、その現実(リアリティ)を例えば映像で眺めながら、物欲に勤しむという非対称の構図がそこにはあります。それらに対する「怒り」、そして自らの「心の声」というものが果たしてあるのでしょうか。
 ある状況をもし変えるとすれば、それはやはりその根源には一人一人の内面からしか生まれてこないものでしょう。外部からの刺激への単純な反応(憎しみ)ではなく、もっと深い所からの心の声(怒り)に気づくことの大事さを感じた映画鑑賞でしたが、もっと言えば、私たちが目指す「低炭素社会」に対しても同じようなことは言えるかもしれません。それは、やはりゲバラとフレディが目指した『新しい人間』になることではないか、と。 (低炭素ニュース&レポート10月号より)


http://eiga.com/movie/85425/

現実と理想と立場、そして言葉と行動

 NHKBS1の「核なき世界へ ことばを探す サーロー節子」を視ました。サーロー節子さんは、先日の国連核兵器禁止条約締結へ向けて、自らの広島における被爆体験を語りながら、活動している一市民です。彼女は、カナダに在住で、カナダ各地の他アメリカなどでの講演を行っていますが、ニューヨークの高校での講演の終わりに、一女子高校生から「日本が他のアジア人を殺したことをどう思うのか」「原爆では10万死んだが、アジア人は日本によって1000万が殺された」という質問を投げかけられます。サーロー節子さんは、実は、その前から「自らの個人的な被爆経験だけを話すことでは、立場の違いを克服できないのではないか」という懐疑心と闘っていました。「どうすれば立場の違いを乗り越えることばを発することが出来るのか」ということを自ら自身に問いかけ続けていました。彼女は、その高校生にこう答えます。「広島・長崎を語るとき大切にしているのは、日本は被害者であり加害者であるという意識です。しかし大切なのは、どちらが悪いかではありません。殺りくそのものが悪なのです。」また、サーロー節子さんは、カナダの軍人出身の外務政務官ともカナダの核兵器禁止条約への参加を求めて面談します。そこでのやり取りで、外務政務官は、「(核兵器は)悲惨な武器ではありますが、軍事バランスの維持には必要だと考えます。今は(核兵器廃絶)は無理です」と答えます。それにサーロー節子さんは、「ではいつになったら(核兵器は)廃絶できるのですか?私たちと同じ人間が溶けて死んでいくなど、考えたくありません。あなたに想像できますか?核兵器はそれを引き起こすのです。」と問いかけ続けます。この時の外務政務官は、会談の最後に「あなたの行っている活動を否定する気はありません。あなたのような方がこのような活動を続けていくことが核廃絶に繋がることでしょう」と話しています。番組での二つの場面でのやり取りでしたが、「核廃絶」という“理想”を世界の“現実”が否定している姿が浮き上がるとともに、“立場”の違いがまた“理想”を否定していく姿もそこに見えて来ます。カナダの政務官は心ならずも自らの二面性(ダブルスタンダード)を吐き、ニューヨークの高校生も立場の違いからの歴史の見方の疑問を素直に出しました。

 さて、世の中は矛盾で満ちています。現実とは矛盾であり、立場の違いもまた矛盾です。もし、このような矛盾をみずからの「立場」から「現実」と言う言葉で遮るなら、矛盾は最後は“破壊”にょってしか解決されないでしょう。人間の歴史を振り返れば、確かに絶えず常に矛盾に見舞われて来ていますが、しかし、「今」と言うこの現実で「人類がまだ生きている」という事実は、見方を変えれば、人間が絶えずこの矛盾を避けることなく矛盾と向き合い、それを克服してきたからこそ、「今」という現実が存在している、と言えます。言葉を変えれば「矛盾こそ人間の進化発展の要因」とも言えます。そしてその矛盾と真正面に向き合う力とは、「変化(チェンジ)」という意識であり意志でしょう。カナダの政務官とのやり取りでの「いつになったらそれ(核廃絶)ができるのか」というサーロー節子さんの問は、「(核廃絶への)意志」を問うている訳です。そして、女子高校生とのやり取りの後にサーロー節子さんは彼女にこう話しかけます。「質問ありがとう。あなたの悲しみはよくわかりますよ。動揺させてしまいましたか。」生徒はこう答えます。「いいえ、あなたは私の質問に答えてくれました。」

サーロー節子さんは彼女が悩んだように、確かに被爆は彼女の個人的出来事ですが、それをどうすれば人類共通の意識と意志に繋げることが出来るのか、という壁の中でもがきながらも、その解決を“ことば”に求めている、ということがこの番組構成の主旨のようです。しかし、私は番組を視ながら、“ことば”として現れるのは表象であり、その“ことば”が生きるも死ぬも、やはり“ことば”を支える意識と意志、そしてそれを体現する行動こそが本質のように思えます。番組最期での国連でのサーロー節子さんの「CHANGE! Across the World」という“ことば“は彼女のそのような意志をまさに伝えていたように思えます。

 

<補論>

 言葉を命とするはずの政治家の言葉が、余りにもお粗末すぎる今の日本の政治状況を見るにつけ、サーロー節子さんの“ことば”の重みを感じます。この核兵器禁止条約議論の前に、核保有国とその恩恵を受けている国の記者会見がありましたが、アメリカのヘイリー国連大使と日本の高見沢軍縮大使の演説の言葉はいくら「現実」を訴えようとも、そこには矛盾を解決するという意志はみられず実に空虚なものでした。世界がいま、北朝鮮を挙げて戦争への道を突き進もうとしていますが、「反戦・平和」への意識と意志に裏付けされた“ことば”による具体的な行動こそが求められていると思われます。

救急搬送記

関わっているNPO活動の一環で行っている炭焼活動作業で怪我をして救急搬送され、丸二週間の入院生活を送りました。怪我は、除草中に自らの刈払い機(エンジン草刈機)で自らの足を切る、という悲惨ながらも無様な自損事故でした。原因はチップソーという丸鋸状の刃の緩みで機械全体が大きく振動、通称”肩掛け”という呼び名もある刈払機は必ず肩紐を装着して作業を行うことが原則ですが、横着にも紐掛けもせず、また振動時にエンジン停止という操作も行わずに”離した”ことで機械がキックバックにより、私めがけて「鋸刃が飛んできた」ことです。私はとっさに体を捻ったのですが、一瞬遅く、刃は私の左大腿部にぐさりと回りながら食い込んできました。その瞬間に傷の深さは認識できました。思わず切れた作業ズボンの中の傷を見ました。それは、今まで直接見たことのない、しかし確かに私自身の肉体を構成している生の“筋肉”でした。色は白かったように思います。現場から多量に出血する患部を押さえながらおよそ50メートルほど駆け下り、仲間に止血の要請を行い、足の付け根をとにかく縛り付け、119番通報。待つことおよそ30分。その間の私の心情は推して知るべし。とにかくショックの後の不思議な冷静さと激しい動揺の繰り返し。さて、救急隊員到着の声に少し気持ちが楽になり、彼らに身を任した時に、「後はすべて天命に従うしかない」と思いました。隊員は沈着冷静に私の傷口を判断。無線での「…収容。傷は・・裂傷・・・長さ20センチ、深さ5センチ・・・」という声が聞こえ、初めて自らの傷の客観的状況を把握し、これで「安心」と思ったのですが、しかし事は思わぬ方向へ展開したのです。いざ、搬出!という段階で、現場の地形(山中山道)では救急隊員持参の担架では危険、と言うことになり、山中専用担架(というのかどうか知りませんが)が必要なため「山岳救助隊を要請します」という救急隊の通知が為されました。後から考えれば、救急隊としては私の止血状態や傷の程度からして「緊急性」の尺度を下げ、より安全な搬送を選択したのですが、「天命に任す」などと思いながらも片方では一刻も早い処置を望んでいる私としてはある意味「寝耳に水」という気持ちで、また”覚悟の揺らぎ”が出て来ました。仲間の「大丈夫だ!」という励ましも、私の気持ちを代弁するような不安がわかるような声でした。その山岳救助隊が到着したのが、やはり30分後。担架は、よくテレビなどで見る山の遭難時に使用される「バスケット担架」というものでした。担架は救急隊員ではなく、山岳救助隊員によって担がれました。現場から道路までは、およそ100メートルほどの細い傾斜地山道を通っていかなければなりません。結局、担架から下され、”念願の”救急車に乗せられたのは、事故からおよそ2時間近く、また搬送先の病院到着時は3時間以上経ってからのことでした。後日談ですが、このように事故発生から病院着まで3時間もかかったとすれば、仮に切り口が動脈や顔面、首などであれば、「出血多量死」ということも充分考えられた様な事故であり、それが大腿部と言う体の中でも一番”肉厚”な部位であったということは「ラッキー」以外の何物でもない、というコメントを搬送先の医者から聞かされました。まさに「九死に一生」と言えるのでしょう。ちなみに私の不注意による事故によりかり出された救急隊員・山岳救助隊員はおよそ20名ほどいたそうです。これらの経済的コストは如何ほどだろうか、等と安静状態のベッド上で考えることが出来たのは、事故直後のあらゆる肉体的精神的動揺がとりあえず消えた手術後のことでした。

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