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中小企業の小考察

先日の参院選時にテレビのインタビューに都内の中小企業経営者がこのように語っていました。「(アベノミクスによって)景気が良くなり、我々中小企業にも大企業からどんどん仕事が入って来ることを期待しています」と。アベノミクスの是非はともかくも、この経営者の発言は非常に“素直”だと感じました。これが日本のほとんどの中小企業経営者の現実的な本音ではないでしょうか。マスコミや各種媒体を通じて、中小企業の日本産業構造における“本質的位置づけ”を無視した「中小企業の挑戦」とか「中小企業の強み」「地域のリーダー」などと言った表層的な言葉が片方では飛び交い、若者への「起業のすすめ」なども国家中枢から積極的に飛び出していますが、中小企業の実態とは企業の生産領域における大企業との「主従関係(仕事を出す、もらう)」がその根底にあり、先ほどのインタビューの経営者は正直にその実態を吐露しただけのことです。「日本産業構造の本質的位置づけ」と述べましたが、経済学者の大内力(1918~2009)によれば、我が国の中小企業の歴史は、その前段としての明治政府の「殖産興業化」における農村破壊と言う手段による機械工業への労働力動員があり、その受け皿として従来の家内制手工業が小機械化導入により中小企業として再生され、一方日本資本主義の短期間における成長の推進力となる独占資本形成の為にも中小企業は必要な存在でもありました。しかし、中小企業が拡大再生産するためには、前述の「低賃金労働」は存立の不可欠条件であるとともに、もう一つの不可欠要件として「中小企業が絶えず成長を阻止され、中小企業の枠内で停滞し、没落・発生をくり返す」必要がある、という分析を行っています。(大内力『日本経済論(下)』)この論を証明するものではありませんが、今年3月の「Newsweek」において加谷珪一と言う評論家が「日本で倒産が激減しているが、決して良いことではない」という題名で「本来なら存続が難しいはずの企業が延命するケースが増え、経済の新陳代謝が進まないという弊害もある。実は、これが日本経済の好循環を阻害している可能性がある」と述べ、「アベノミクスの役割はこのような非効率部分を改革するもの」と言っています。一般論として読めば、確かに、「産業構造の変化についていけない企業は退場」などという市場法則として理解する旨もあるでしょうが、前述の大内力の分析の視点から見れば、中小企業こそ産業構造転換の“生贄”という役割を本質的に背負わされている、ということになります。国家予算に「中小企業対策費」という名目はありますが、「大企業対策費」というものはありません。表現を変えれば、「中小企業庁」という役所はありますが、「大企業庁」という役所はありません。それは必要ないからであり、何故なら「大企業関連予算」は国家予算の名目すべてに内包されているからです。儒教道徳心の強い日本人のメンタルな部分を効果的に利用する手法が、高度成長期には一時的にであれ功を奏し我が国経済が成長したという事実はありますが、その根底にはこのような国家と大企業の意図がいつも脈々と流れているということを知る必要があります。さて、次期総理と言う呼び声も高い、若き政治家の小泉進次郎氏はこのように発言したそうです。「国民はいつまでも国に頼るな。自らを律し、自ら立て。それが自民党の哲学であり信念だ」国民を中小企業に置き換えても彼の信念を変えたことにはならないでしょう。「頼らないから君たちも我々には必要ない」という反論も出来そうですが、個人的範疇はともかくも、如何せん相手は「権力」を保持しており、そのさじ加減でどうにでもなる組織体としての中小企業が、このような思考を行う政治体制及び経済体制に対してどのように向き合えば良いか、ということは非常に重要なことと思われます。果てしない競争の中で没落・発生のサイクルに組み込まれるのではなく、「社会」をお互いが共存・共有する基盤として捉え、「競争」のマネジメントではなく、「協同」のマネジメントを行うことの必要性を感じます。
<低炭素都市ニュース&レポート 7月号>