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マルコムXとカシアス・クレイ

モハメド・アリが死んだ。世代的には一世代上になるが、やはり同時代のヒーローというよりアンチ・ヒーロー的存在だった。「モハメド・アリ」という名よりは、「カシアス・クレイ」いう名の方が私にはしっくり来る。彼がヘビー級世界チャンピオンになった頃、日本でもプロボクシングはプロ野球や大相撲と並ぶ子供たちが熱狂するスポーツであり、1967年のベトナム戦争兵役拒否の行動は、当時15歳の私には、並んで人気だったビートルズとは違う“カッコよさ”を感じたものである。彼が、一躍その名を示したのは、1964年の世界ヘビー級王座を獲得した試合だろう。当初の予想を180度裏切る勝利に、ボクシング関係者・メディアは衝撃を受ける。対戦相手のソニー・リストンの勝を信じて疑いもせず、ちなみに試合前の賭けの割合は1:7で圧倒的にリストン有利だった。
ところで、この試合には、カシアス・クレイイスラム教に改宗する動機を授けたともいえるマルコムXが8000の観客席の最前列に近い7番の席で観戦していたことはあまり知られていない。カシアスとマルコムXが直接出会ったのはこの試合の2年前のデトロイトにおけるイライジャ・ムハマドの講演会だった。1960年のローマオリンピックで金メダルを取ったカシアスは有名であり、本人もそのことを相当自覚していたらしく、マルコムに対して「ぼくがカシアス・クレイです」という。マルコムは、その時弟のルドルフを伴って一緒にやってきたこの若い兄弟に好感を示すのだが、実は彼は、「カシアス・クレイなどという名前は聞いたこともなかった」(自伝「マルコムX」)と述懐している。当時のマルコムXが活動していたネーション・オブ・イスラムでは、教団の長であるイライジャ・ムハマドが「いかなるスポーツにも反対せよ」という指令を出していたからだ。しかし、カシアス・クレイはその後も、折に触れ、イスラム寺院や寺院が経営するレストランに頻繁に姿を見せ、その素直な行動と人柄はマルコムXにも“乗り移り(マルコム)”、マルコム家にも行き来するようになるほど、二人は親しくなるのだった。そのマルコムXをカシアスは、初の世界チャンピオン戦を前にフロリダマイアミに、マルコムXの妻ベティとの結婚7周年記念の贈り物として賓客招待する。この時期は、マルコムX が心底から傾倒し信じていた教団の長のイライジャ・ムハムドと袂を分かつ決心をする時期であり、マルコムXの情緒はかなりショック状態にあった時だけに、彼にとっては気力を回復する切っ掛けともなる。そして、カシアスの試合は、「イスラム教徒の優秀さを示す、即ち精神が体力に打ち勝つことを証明する」ことであり、これを手伝うのはアラーの思し召しにかなうことだと確信する。何故なら、これには二つの理由があったからだ。一つは先述したように、ボクサーとしての実績からもリストンの優位は歴然としていたこと、二つ目は、リストンがチャンピオンになった時の試合時に、対戦相手のフロイド・パターソンとともに、「精神的助言者」として白人の宣教師と一緒に取った写真を公開していたことだ。何故なら、パターソンもリストンも黒人だが、基本的に白人の教義であるキリスト教を媒介として、「黒人と白人の融合主義」が一つの大きな流れとしてあったからだ。マルコムXがこの「融合主義」をどれほど憎んでいたかはイスラム教徒としての彼としては当然のことだった。マルコムはカシアスにこう言った。「この戦いは本物だぜ」と。そして「キリスト教イスラム教がリング上ではじめて相まみえるんだ。いわば現代の十字軍だ。一人のキリスト教徒と一人のイスラム教徒が向かい合って立ち、テルスター衛星のテレビ中継で全世界の人々が成り行きを見守るんだ。アラーの神がこのようなことを選ばれたのも、チャンピオンとして君をリングから下させようという思し召しなんだ」。これを受けたカシアスが試合前の計量時に「俺の勝は予言されているんだ!負けるわけがない!」と叫ぶ。この試合の後、翌年(1965年)、リストンと対戦したパターソンは、カシアスに対戦を申し込むが、パターソンは黒人キリスト教徒として、「白人の意のままにならないイスラム教徒黒人」のカシアスをつぶすべく、「タイトルをアメリカに戻す」と発言する。しかし、試合はカシアスが12回TKOで勝利するが、カシアスはパターソンを倒す決定打を放つことなく執拗に攻め、レフェリーストップとなる。マルコムXはパターソンとカシアスの試合を見ることなく暗殺されるが、このような黒人同士の闘う状況をみて、「洗脳された黒人キリスト教徒が味方でもなんでもない白人の代わりに戦う気になる悲しい一例」として、「融合主義」の底に流れる白人支配の本質を見抜いている。
マルコムXの暗殺については、イスラム教団内部とFBI(CIA)が裏で仕組んだことがわかっているが、モハメド・アリは、そのような構図を知りつつも、イスラム教へ帰依した信心を固く守り、その後の兵役拒否や各種の慈善事業など、「平和主義」「人類主義」を貫く活動を一貫して行っている。カシアスの母親のオデッサは、敬虔なクリスチャンだったが、息子のイスラムへの改宗にはなんら干渉、非難することなく、むしろ励ますように「肝心なことはあの子が神様を信じているということよ」と言っている。 マルコムXカシアス・クレイ、歳の差17歳。しかし、彼らは60年代の米国における黒人迫害のまっただ中で、また、黒人社会そのものが分断、階層化が進もうとしている中で、イスラム教に自らの存在の根源理由を求めて、戦い続けた。マルコムXマーチン・ルーサー・キングは黒人活動家として暗殺されたが、カシアスもその可能性が無かったとは言えないだろう。 果たして黒人初の大統領となったバラク・オバマは、自らのルーツと同じこの偉大なる二人の黒人の意思をどこまで理解しているのだろうか。