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新興仏教青年同盟

新興仏教青年同盟とは在家の日蓮宗信者である妹尾義郎(せのおぎろう)が昭和5年(1930年)に同志とともに立ち上げた仏教改革団体である。昭和5年と言えばいわゆる翌年の満州事変を契機に「15年戦争」に突き進む日本が外に対しては侵略軍事国家として、また内に対しては徐々に国民を戦時体制に導こうとしていた頃だ。明治の2大戦争(日清・日露)の後起きた、関東大震災世界恐慌第一次世界大戦など日本も経済的なダメージを受けていたが、仏教界においても明治政府の戦争遂行への積極的協力に端を発する国家戦略と一体となった宗教集団の性格を如実に表していた頃である。特に浄土真宗教団における組織を挙げての戦争協力体制は甚だしいものであった。

そのような国家へ追従する日本の仏教界とその背景にある資本主義体制を真正面から批判、仏陀の本質へ還ることを目指し、妹尾等が起こした仏教界改革運動が「新興仏教青年同盟」である。妹尾等は明確に「資本主義打倒」を打ち出しており、日本仏教界の歴史の変遷の中では非常に異例とも言えるが、妹尾はあの宮沢賢治も傾倒した田中智學の「国柱会」の門下でもあることから、その片鱗は伺える。ちなみに田中智學は先日の自民党女性議員の発言で物議を醸した「八紘一宇」の造語者であり、また石原莞爾らとともに、妹尾は「大日本日蓮主義青年団」の結成にも加わっている。

なぜ、田中智學や石原莞爾らの右翼的思想から、晩年は社会党員から日本共産党に入党した妹尾のような左翼思想が生まれたのかは、いろいろ考えられるが、日蓮主義がその一つの要因かもしれない。日蓮主義の特長の一つは敢えて言えば「天皇より日蓮が上」という考えがある。日本のファシズムを支えていた強固な思想の「天皇崇拝」においてその天皇を相対化する思考の中で、農村を中心に日蓮主義思想の普及に努めた妹尾が農民の悲惨な状況の現実を目の当たりにし、青年らしい正義感と真摯な宗教心が、結果として社会主義へと向けられたことは理解できるのではなかろうか。

ちなみに、20世紀後半に南米を中心に起きたキリスト教の「解放の神学」も貧困や抑圧からの脱却を目指した宗教的社会主義運動であり、「宗教はアヘンである」と言ったマルクス主義と宗教が実はその底流に親和性を持つものであることの証左かもしれない。それは、約2000文字で書かれた新興仏教青年同盟の「宣言」に如実に表れている。この宣言は現代にも通用すると思われるのでいくつか挙げてみる。

 

<逃避か闘争か>

・『現代は苦悩する。同胞は信愛を欲して闘争を余儀なくされ、大衆はパンを求めて弾圧を食らわされる。逃避か闘争か、今や世はあげて混沌と窮迫とに彷徨する。』

<仏教革命>

・『新興仏教の提唱!! しかり、新興仏教はかかる状勢下において、若き義憤の爆発せる仏教革命の先駆的運動そのものだ。』

ブルジョア仏教から大衆仏教へ>

・『新興仏教は、現社会の苦悩は、主として資本主義経済組織に基因するを認めて、これが根本的革正に協力して大衆の福利を保障せんとする。ブル的仏教を革命して大衆的仏教たらしめんとする。』

<資本主義経済組織の改造断行への協力>

・『新興仏教は、仏教本来の面目たる科学性を完全に闡明せねばならぬ。即ち、必然の理に即しつつ実践によって愛と平等と自由とを体証されたる仏陀への渇仰と、その教理の自主的実践とを基調として、それの正しき社会的発展を強調し、それの大胆なる実践による人格平等の新社会建設を主眼とする。従って、現代大衆の生活苦悩の主因たる資本主義経済組織改造のごときは、科学的見解に立つも人道的に情操に省みるも、大衆必然の要求、仏徒当然の使命として、文化闘争の分野においてはもちろんのこと、進んでは政治闘争としてもこれが断行に協力せねばならぬ。』

<必然の理と実践による創造>

・『我らの信ずる仏教は、必然の理に即しつつ、実践によって愛と平等と自由とを体証されたる仏陀への渇仰である。我らは、かかる渇仰は人間生活の最深処に横たわる全きを求むる生命本然の要求であって、この要求によってこそ人類は不断に人類独自の文化形態を創造しつつあるものであるを確信する。』

<仏教社会建設>

・『青年仏教徒よ、今こそ我らの起つべき時だ。断然、因襲を捨てて一斉に仏陀に帰れ。而して、愛と平等なる仏教精神を先ず自らに体験しつつ、敢然、資本主義改造へと直進せよ。かくして、我らが理想する仏教社会建設に努力しようではないか!』

 

「宣言」は昭和5年作成とは思えない現代的な抑揚を備えており、仏教精神と社会改革の論理的必然性を青年特有の情熱を込めた行動への決意として述べている。昨今「葬式仏教」と揶揄され、また時折僧侶の俗的事件なども目立つ現代仏教界であるが、このように真摯に信仰と社会の関連を人間らしい視点からとらえ、時の権力に阿るどころか真っ向から闘いを挑んだ宗教人が過去にいたことを、今生きている僧侶達は振り返るべきだろう。もちろん、日常的にもいわゆる「宗教無関心」或いは「宗教=怖い」などと言った浅薄な思考しかできない一般人にも言えることである。

 

<補論>

本来は浄土真宗の戦争への積極協力姿勢を歴史的に見ていこうと思い始めたのだが、その途中で妹尾義郎や竹中彰元など、国家に弾圧された宗教人が数多くいた事実に驚いた。調べてみると、大逆事件においても3人の僧侶が死刑になっている。NHKでも過去放映された「戦争は罪悪である」と言った反戦僧侶竹中彰元についてはまた別の機会に書いてみたい。

 

 

<参考>

新興仏教青年同盟に参加し治安維持法で逮捕弾圧された宗教者

妹尾義郎(日蓮宗)、林霊法(浄土宗)、谷本清隆(西山浄土宗)、壬生照順(天台宗)、大隈実山(日蓮宗)、細井宥司(日蓮宗)、山本秀順(真言宗智山派

※山本秀順は戦後高尾山薬王院有喜寺貫主となった

※画像は現在高尾山薬王院にある妹尾義郎の石碑である