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経済人類学的視点「贈与経済」のすすめ

経済人類学という学問領域がある。ちなみにウイキペディアでは「文化人類学は一般に非西欧社会を対象にしてきたが、そうした社会における経済システムは市場メカニズムに基づく資本主義社会のものとは異なる原理によって動かされている。経済人類学は、農村経済、狩猟採集社会の経済、贈与交換といった非市場経済のシステムを人類学的なフィールドワークを用いて研究してきた。」と説明されている。我々(日本)は明治以降の西欧化によって、欧米的資本主義経済を積極的に取り入れてしまったので、市場メカニズムの資本主義システムを絶対的なものとしがちであるが、実はそうではない経済システムも存在している。今年の3月に亡くなった文化人類学山口昌男の『敗者学のすすめ』(平凡社2000年)に非常に面白い話が掲載されているので紹介しよう。

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アフリカ・エチオピアの南部にゴム・ゴファという地域があるが、そこの行政チーフ(知事のようなものか?!)は2名おり、一人は中央政府からの派遣であるが、地域住民は屁とも思っていない。もう一人のチーフは、住民生活における儀礼に重要なシンボルの”槍”を持っており、地域で一番の金持ちがチーフになるという決まりがある。さて、この地域のチーフの家には、地域の人間なら誰でも訪問でき、食べ物を要求できる。住民が、毎日のようにやってきてむさぼる食う訳で、どんな金持ちでも数年のうちにスッカラカンになってしまう。自分の持つすべてをなげうつことで、チーフの政治的権威は保たれているのだが、スッカラカンになった時点で解任され、普通の人間に戻る。地道な経済活動で財がたまればチーフに任命されるがまた再びむさぼられる。(『敗者学のすすめ』P375~376 一部要約)

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西欧的思考では、「どうせ貪り食われるならチーフになるのはやめよう」あるいは「貪り食われないような手立てを考えよう」ということになるのだろうが、この地域ではチーフ(槍を持つもの)は究極の名誉であり力のあるものは誰もが望む地位であるが、しかしその力の担保は「財を配る」ことである。これは、西欧資本主義を「交換経済」とすれば、このエチオピアの地域における経済システムは「贈与経済」である、といえる。「贈与経済」についてはフランスの社会学者、マルセル・モースが『贈与論』(1925)で、「贈り物がなされたらば、それを返すことが義務であり、そうした贈与とお礼がグルグルと循環することで社会がまとめられている」という価値観を示したが、ある意味「目からうろこ」ではある。現在、先進国において、地域通貨の取り組みが様々なところで行われているが、なかなかうまくいかないという話をよく聞くが、「交換」ではなく「贈与」という基本概念をもてば、意外と広がる可能性はあるのかもしれない。

いずれにしても、現在の資本主義システムを絶対のものとして、そこからいろいろ考えていくという思考法を一度停止し、政界にはまだまだ上記のようなユニーク且つより根源的な経済の仕組みもあるということを認識する必要があるのではないか。「バレンタイデー」や「母の日」などの贈り物が主体の経済社会とは想像するだけでも楽しい!

<追記>

上記の話に関しては、宗教学の中沢新一『愛と経済のロゴス』(講談社2003年)などが論理的にまとめてくれているので一読すると良い。