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創価学会と日本共産党

日本を巡る政治状況がまさに混沌、混乱状況にある今、ふと40年前のあるできごとを思いだした。それは、1975年7月に突如公表された創価学会日本共産党による「創共協定」である。作家の松本清張が間を取り持ち、池田大作創価学会会長と日本共産党宮本顕治委員長が直接2度の対談を行い、創価学会総務野崎勲氏と日本共産党常任幹部会員上田耕一郎氏が都合7度の事務的調整を行って公表されたものだ。協定は前文で双方の立場の違いを確認したうえで、「日本の将来のため、世界の平和のため」に7項目の合意事項をあげている。その中身はこうだ。

 

一、創価学会日本共産党は、相互の自主性を尊重しあいながら、両組織間の相互理解に最善の努力をする。

二、創価学会は、科学的社会主義共産主義を敵視する態度はとらない。日本共産党は、布教の自由をふくむ信教の自由を、いかなる体制のもとでも、無条件に擁護する。

三、双方は、たがいに信義を守り、あくまでも話し合いを尊重し、両組織間、運動間のすべての問題は、協議によって解決する。

四、双方は、永久に民衆の側に立つ姿勢を堅持して、それぞれの信条と方法によって、社会的不公平をとりのぞき、民衆の福祉の向上を実現するために、たがいに努力しあう。

五、双方は、世界の恒久平和という目標にむかって、たがいの信条と方法をもって、最善の努力をかたむけ る。なかんずく、人類の生存を根底からおびやかす核兵器については、その全廃という共通の課題にたい  して、たがいの立場で強調しあう。

六、双方は、日本に新しいファシズムをめざす潮流が存在しているとの共通の現状認識に立ち、たがいに賢明な英知を発揮しあって、その危機を未然に防ぐ努力を、たがいの立場でおこなう。同時に、民主主義的諸  権利と基本的人権を剥奪し、政治活動の自由、信教の自由をおかすファシズムの攻撃にたいしては、断固  反対し、相互に守り合う。

七、この協定は、向こう十年を期間とし、調印と同時に発効する。十年後は、新しい時代状況を踏まえ、双方の関係を、より一歩前進させるための再協定を協議し、検討する。

 

一、二、三は当時言論出版自由問題で、日本共産党創価学会が母体の公明党と熾烈な政治闘争を行っていたことから、これを収める狙いもあったようだ。しかし、四、五、六は現在でも通用する政治信条ではないか。

私は創価学会員でもなければ日本共産党員でもないが、双方に対しては、「常に貧乏人の味方」という意識を持っている。実際、日常生活上の生活困窮問題には、創価学会共産党が抜きんでて親身に対応している事実を目の前に何度も私は見てきた。それは末端の学会員と末端の共産党員の情熱と行動でもあった。

双方は、政治と宗教の「原理主義的存在」であることが、良くも悪くも日本人の「まぁまぁ主義」からは嫌われる要素があるという見方もあり、それが逆に創価学会日本共産党支持者の団結を強くしているのかもしれない。

この「創共協定」のインパクトは相当大きいものがあったと言え、協定は当時の政府自民党、警察・公安はじめあらゆる干渉や圧力などで、あえなく潰えることになる。この話を持ちかけた松本清張が本当はどのような意図で行ったかは、ある論では「維新時の薩長同盟を介した坂本竜馬にあやかった」という説もあるが本人が他界してしまった今定かではない。しかし、今風にいえば「サプライズ」とでも言う、ダイナミックな政治戦略であったことは否定できないだろう。

さて、このような40年後の今、ほとんど当時のことを知らない創価学会員や共産党員そしてその支持者に対して、今一度「創共協定」を思い出してもらいたい、と願うものである。また、双方の反支持者もこのような「歴史的事実」があったとことを知ってもらいたい。

創価学会を母体とする公明党が40年前の「社公民路線」という野党路線から「自公」という大反転を行い、与党と言う名の権力の座にいる今、「創共協定」の四、五、六の意義を踏まえれば、「秘密保護法」や「原子力再稼働」などに突き進む姿はどうみても「矛盾」となるだろう。

「創共協定」 については、現在、創価学会日本共産党、双方とも「何も知らなかった」振りをしており、積極的な評価を行おうとしていない。非常に残念である。冷静に政治力学的視点からみても、双方の組織の固さと強さをもってすれば、現在の安倍自民党維新、みん党などのファッショ政治に対して大きなインパクトを与えることが出来るだろう。

松本清張のような非常に影響力をもった人物でなければ、このような立ち回りは出来ないのかもしれないが、「貧乏人の味方、弱者の味方」を標榜する創価学会日本共産党であれば、現在の日本社会の状況に対して、自らの組織の防衛と拡大のみに専念し、己以外を排除する方向ではなく、共に共闘して立ち向かわねばならないのではないか!

 

最後に、熱心な日蓮宗信者であった石原莞爾マルクスを、「マルクスは真理に忠実な科学者であつたが、同時に非常に熱血漢であり人道主義者であつた。その生涯はきはめて道徳的であつた。」と評している。