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「である社会」から「する社会」へ

”・・・である”ことと”・・・する”ことの違いについて論評したのは、日本の政治哲学者である丸山真男氏ですが、彼は「日本の思想」の中で徳川時代について、

『・・・徳川時代は、現実の行動によって変えることができない出生や家柄や年

齢が決定的な役割を担っている身分社会である・・(中略)・・互いに、「らし

く」「ふさわしく」、「分」に安んじることが社会の秩序維持に必要である。上

の階級と戦って権利を勝ち取る努力をすることより、上を見ずに下だけを見て自分の階級に満足している方が楽なのである。・・・』(「日本の思想」より)

丸山は、この話から日本国憲法、近代社会制度、民主主義・・と論を進めていますが、難しい解釈はともかくとして、かれの徳川時代の論評は面白いというか、意外と結構身近な感覚ではないでしょうか。

「である社会」に必要なコミュニケーション条件は見た目などの外部条件であ

り、お互いそれが分かれば相手を識別でき、話し合いもスムーズになるという訳です。一方、現代は、非常に多様化した価値観の中での社会における役割分担が進み、いわば「..する社会」に変わってきているということで、「する」組織が台頭してきており、「である価値」よりも「する価値」の重要性を丸山は説いていますが、「政治家」「経営者」「学者」「労働者」・・・といわば現代版「で

ある社会」に生きている我々は果たして彼の言うように「する価値」をきちんと評価批判できているでしょうか。

ちなみに、”民主主義とは「である価値」ではなく「する価値」である”と丸山は述べています。

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「である」はある意味非常に”楽ちん”ですが、「する」は結果と責任が伴うものであり、非常に厳しいですね。

あなたならどちらの価値観で生きていきますか??!!