地球温暖化と国際政治

科学史家で思想家でもある米本昌平氏(東京大学教養教育高度化機構客員教授)の論考は興味深い。彼の2017年3月の『トランプ時代における地球温暖化問題の行方』によれば、地球温暖化が突然のように国際的な重要課題となったのは、「それは一にも二にも、89年11月にベルリンの壁が崩れ、米ソ核戦争の恐れが急速に薄まったからに他ならない」(米本※以下同)ということだ。冷戦期における米ソ両陣営が最大63000発の核兵器保有しにらみ合うというワールドワイドな脅威が、世界の構造の枠組みを決定する重要な要因であったのだが、ソ連崩壊により、「核戦争防止のために何重もの国際的な枠組みが不要になった」(※)ので、国際政治は、「核戦争の脅威に代わる新しい脅威を必須のものとした」(※)背景の中から選び出されたのが「地球温暖化問題」だと言うのである。確かに、1992年の国連気候変動枠組み条約成立以前にも地球環境の問題は意識されていたが、「フロンガスによるオゾンホール」「砂漠化」「大気汚染・酸性雨」「土壌水質汚染」などとパラレルにワナオブゼムでしかなかった地球温暖化」がなぜ突出したのか。米本氏はその大きな要因となったのは、冷戦崩壊により東西に分断されていたドイツが統一ドイツとして新たに欧州の大国となることに、イギリスとフランスの猛反発があったことを挙げている。欧州の歴史から見て、イギリス、フランスにとってのドイツはやはり脅威となる国であり、それが統一されることでより一層その脅威は欧州覇権として大きなものとなる。これらの他国の疑問疑念に対して統一ドイツは西ドイツ議会報告書『地球の保護』をまとめて、統一ドイツの国力を軍事ではなく新たな脅威と認識されつつあった環境問題に力を注ぐことを決定、同時に欧州共通通貨の創出のために、最強通貨であるマルクを供出することも約束した。このようなドイツの努力に、統一に難色を示していたイギリス、フランスの一定の同意と評価が得られ、その後のEUが「地球温暖化」を主目とする環境問題を外交として展開していくきっかけとなる。イギリスは、この「地球温暖化」の原因として「二酸化炭素」を指摘し、それが「炭素取引」という金融的展開につながって行くのは、その後大いに知られているところである。ところが、ここにきて、トランプが「地球温暖化はフェイクだ」と言ってきた。実は、プーチンも「地球温暖化はというものは存在しない。これは、いくつかの国の産業発展を抑制するための欺瞞だ」(ニューヨークタイムズ)と述べている。米本氏の論考にかんがみれば、かつて核兵器で世界的な脅威を競い合った米ソ(露)が、今は不思議なことに両国の首脳が同じ発言をしていることの符合は、国際政治は常に世界規模の脅威を必要とする法則(米本氏の言を借りると「脅威一定の法則」)があり、トランプとプーチンにとっては少なくとも「地球温暖化」はそのような国際政治の構造を決定する脅威としては「ふさわしくない」という認識なのではないか。一方、もう一つの雄国の中国はどうか。先般のCOP21におけるパリ協定への中国の対応は実に積極的である。中国は「地球温暖化問題というのは、世界貿易機関WTO)参加と同じようなインパクトがある」(中国政府高官)という認識があり、自国の経済発展に伴う環境技術水準の向上とともに、軍事戦略と並行しての経済戦略として環境問題をとらえている。米露が「地球温暖化」へそっぽを向いているときに、漁夫の利とばかりに積極的に「地球温暖化」に取り組む姿がそこには見える。このように見ていくと、「地球温暖化」が国際政治にとっても非常にセンシティブ且つ重要なキーワードとなっていることがわかる。分裂するEU、大国米露中、台頭する新興国など、世界をめぐる覇権争いはますます複雑化、カオス化が進む中で、「地球温暖化」を国際政治の大きなファクターとしてそのヘゲモニーをだれが握るのか、或いはフロンガスのように「地球温暖化」は単なる異常気候の一つという”地位”に格下げされるのか、ある意味非常に興味ある視点ではないだろうか。

<低炭素ニュース12月号>