『女の平和』

財務省官僚のセクハラ発言、それに輪をかけたような財務相の認識、地方議会においても最近では狛江市長や群馬県みなかみ町長などのセクハラ問題も耳新しいですね。一方海外では、ハリウッド女優の告白に端を発したセクハラは、ノーベル文学賞も延期となったというニュースも流れました。この米国で起こったセクハラに対する女性の抗議運動「Me too」は日本においても、件の財務省にたいしても多くの女性が自ら抗議行動を起しました。気のせいなのか、トランプ大統領登場あたりから、世界中に「セクハラ問題」が噴出しているように思えます。そのトランプ大統領は、70年以上続いた朝鮮戦争を止めさせることに「頑張って」おり、もしかしたら「ノーベル平和賞をもらえる」かも、などという話も出ていますが、この喜劇とも悲劇ともつかない状況にはつい苦笑を禁じ得ません。もちろん、国家間だけでなく、セクハラの根本である「男VS女」においても「平和」が一番望ましいことは言うまでもありませんが。ところで、喜劇と言えば、古代ギリシア喜劇の中に『女の平和』という隠れた名作があります。作者はアリストパネス(AC446~385)という古代ギリシアの詩人です。アリストパネスは現代風に言えば保守主義者であるのですが、それ以上に平和主義者であり、彼が生きた時代の戦争(アテネとスパルタ間のペロポネソス戦争)に対して喜劇という平和的手段を用いて抗議したものです。この『女の平和』の話の筋立ては非常に奇想天外というか、ある意味納得というか、かなりユニークです。主人公はアテネに住むリュシストラテという美しい女性。彼女は、度重なる戦争に嫌気が指し、男たちに戦争を止めさせるために、仲間の女性を国中のみならず敵国であるスパルタからも集めて、ある計画を呼掛けます。それは、「戦争を止めない限り、エッチしません!」という性的ストライキ宣言でした。最初は集めた女性陣からも拒否反応が出たのですが、それでも彼女は戦費を人質にアクロポリスに立てこもり男たちへ堂々と先ほどの宣言を突き付けます。それに対する男どものまさにセクハラ的悪態を見た女性陣は、最初の拒否反応か一転して団結、「ストライキ」を実行していきます。怒りに任せてある時は暴力的対応に出ていた男どもですが、時間の経過とともにだんだん我慢できなくなり(笑)、ついには女性陣に白旗を上げ、そしてアテネとスパルタには平和がもたらされる、、、という、まぁ、実に他愛もないというかお話、だから「喜劇」なのですが。しかし、よく考えてみれば、人間の本質というか、本来の姿を浮かび上がらせているのではないでしょうか。アリストパネスが主人公に与えたリューシストラテという名は、「リューシス」(解体)+「ストラトス」(軍隊)の合成語で、「軍隊解散者」の意味を持つものです。表の吉本風ドタバタ劇の裏には、アリストパネスの深い洞察と思いが隠されているのですね。このような劇が今から2500年前に描かれていたとは、人間は余り変わっていないように思えます。逆に言えば、アリストパネスの劇中の手法は現代でも通用するかもしれませんね。私個人的には女性の味方ですので、女性からのこのような「ストライキ宣言」を受けて立つほど愚かではないことを申し上げます(笑)。

 

 

f:id:sumiyakitaicho:20180508181501j:plain

<DAIGOエコロジー村通信5月(131号)より>