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健康と不健康の境目

テレビのCMを見ると「健康関連グッズ」のオンパレードです。高い宣伝広告費を 払えるということは、そのようなグッズが売れているからであり、また「健康」 をとにかく気にする人が多いということでしょう。CMだけでなく、テレビの番組 でも「健康に関するものは視聴率が良く取れる!」という話も聞いたことが有り ます。その中でも食品補助剤の役割を持つサプリメント関連に至っては、日本人 としては聞いたこともないような植物、或いは両生類などをベースとしたものな ど、本来の食事など必要ないようなイメージさえ持つことがあります。日本人が このように「健康」を意識するようになったのはいつの頃からだったのだろう か、と考えると「世界一長寿国」などと言われるようになってからのような気が します。確かに「長生きしたい」といういわゆる不老不死は人類の夢であり、今 でもそのような研究はどこかでされているのでしょう。しかし、例えば今の日本 における長寿の実態が、介護施設の現状を見るまでもなく、無理やり「生かされ ている」という感覚を持つのは少なからず多くの人も感じているのではないで しょうか。また「健康」の医療的なバロメータとしての様々な「数字」がありま す。良く知られてるのは「血圧」です。その他にも「血糖値」「コレステロー ル」など一度でも健康診断を受けたことが有れば、そこに並ぶ数値に自らの体の 状態を投影させて、「健康だ」「病気だ」と一喜一憂した思いは殆どの人が経験 していることでしょう。政府なのか霞が関なのかわかりませんが、彼らが決めた 基準(数値化)やルール(栄養価)になるべく多数の人が合わせるように努力す ることが「健康」であるという、いわば、健康民主主義とでも言うべき状況があ ります。もうお亡くなりになりましたが、元宮崎大学教授で農学博士の島田彰夫 氏はその著書『無意識の不健康』(農文協)で「健康は多数決で決まるのではな いが、本書では、実際には不健康であるに、他の人と同じような状態であること で、なんとはない安心感が得られているような場合を「無意識の不健康」として 取りあげている。」と書いています。これは「実際には健康であるのに他の人と 同じ状態でない(数値が異常)ことでなんとなく不安になる」と言うように逆読 みも出来ます。確かにそれほど「健康」というものを強く意識している日本人は ある意味”平和”なのかもしれません。世界には飢えと戦争で健康以前の「存在す る」ことさえも保障されない人々が数多くいます。「飽食国」ニッポンの姿を異 常と見る感覚を取り戻すべきだと考えます。WHO(世界保健機関)の「健康」に ついての定義を転載します。

●Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
●『健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的に も、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること』

「健康」を狭義の意味で肉体或いは精神に限定するのではなく、私たちが生きて いる社会そのものの在り方にも注意を向けるべきことを指摘しているように思わ れます。いわば、「健康は健全なる社会に宿る」ということでしょうか!
さて最後に手前味噌ですが、「炭焼」は上記の「意識する健康・不健康」ではな くまさに”いつの間にか健康になる”「無意識の健康」とでもいうべき活動です。 「健康」に自信のない方には是非お勧めの「栄養活動」です!