安倍晋三と今上天皇

安倍晋三の祖父である岸信介昭和天皇の関係はそれほど良いものではない。東条英機内閣の閣僚だった岸信介A級戦犯になったにも関わらず、戦後総理大臣になったのは、GHQ児玉誉士夫笹川良一などともに米国のスパイになることを条件として釈放したからだ。一旦死ぬべき命を売った人間のその後は推して知るべしだ。安倍晋三がねじれているのは、母方の祖父ばかりに傾倒するその屈折した心情のなかに、父方である安倍晋太郎の血脈のなかにいる祖父、安倍寛の存在がある。政治ジャーナリスト・野上忠興による連載「安倍晋三『沈黙の仮面』」によると、「岸が東条内閣で商工大臣を務めて戦中から権力の中枢を歩いていたのに対し、寛は東条英機の戦争方針に反対し、戦時中の総選挙では『大政翼賛会非推薦』で当選した反骨の政治家として知られる」と言う。A級戦犯容疑者として収監された岸に対し、安倍寛は戦争に反対し「昭和の吉田松陰」とまで呼ばれたそうだ。(※『絶頂の一族 プリンス・安倍晋三と六人の「ファミリー」』(松田賢弥講談社))安倍晋三の父である安倍晋太郎の回想録(毎日新聞(1985年4月6日付))によると、「父(寛)は大政党を敵にまわし、その金権腐敗を糾弾し、始終一貫、戦争にも反対を続けた。軍部ににらまれ、昭和十七年の翼賛選挙では、非推薦で戦った。当選を果たしたものの、あらゆる妨害を受けた。私(晋太郎)も執拗な警察の尋問をうけた」ということだ。なぜそのような晋太郎の息子の晋三がこうも依怙地な気持ちになるのは、晋三の兄弟との関係と思われる。(このことは詳細には書かない。どんな人間であれ、家族の中におけ不条理を他人が暴くのは人間の根本的な道に悖るだろう)そのような思想性にも乏しい安倍晋三を利用する輩が晋三の背後にいるのは紛れもない事実と思える。このような安倍晋三の母方の祖父である岸信介に対する昭和天皇の気持ちが表れている回想録が中曽根康弘の「自省録」だ。詳細はここでは書かないが、このサイトを見て欲しい。

さて、今上天皇が来週にも「生前退位」の“お言葉”を述べるという。安倍政権は右往左往しているということらしい。それはそうだろう。安倍政権(及びそのお友達)の天皇無視の姿はあまりにも露骨過ぎた。覇権を狙う連中の王権に対するボロが出たと思える。もう一つは、美智子妃の存在だ。今上天皇はある意味では戦後民主主義の申し子のようなものである。戦犯を免れた昭和天皇の息子として多感なころに様々な不条理を感じたことだろう。それを中和してくれたのが美智子妃だ。美智子妃は敬虔なクリスチャンである。その美智子妃が東京都あきる野市にある郷土館で五日市憲法に触れたことを述べている。五日市憲法とは、明治維新後の自由民権運動流れを汲むリベラルな思想の賜物である。美智子妃と五日市憲法については、拙著ながら私が書いたこの論評をみてもらいたい。

安倍政権が憲法を変えようとし、また再び戦争への道を歩もうとしているまさにその時に、美智子妃は「五日市憲法」を公に述べたのである。私は心情左翼の人間であるが、その前に右左関係なく根本的に“人間”である。まさに美智子妃もそのような思いになったのではないだろうか。今上天皇と美智子妃の結びつきはテニスのロマンスという、確かに少々作り話もあったのだろうが、人間今上天皇と人間美智子妃の間には、いろいろな政治的画策があつたかもしれないが、お二人はやはり人間の根本教義ともいえる“愛”を貫いたと言える。そのような今上天皇が現在の憲法を揺るがすかも知れない「象徴天皇」の枠をあえて外してまでも「生前退位」を述べようとするその“お気持ち”こそ、今回の安倍政権と今上天皇の闘いがあるのである。そのような両陛下の前で、「美しい国」などと薄っぺらな言葉をもてあそぶ「安倍政権、恥を知れ!」と言いたい。しかし、安倍晋三もある意味では可哀そうだ。両親の血脈ががまったく違うところに生まれた“不条理”を背負わなければならなかった、彼の心情は思っても余りあるばかりである。安倍晋三に言いたい。「もうこれでいいではないか!よくやった!」と。彼を利用する連中は魑魅魍魎の世界で生きている連中である。奴らこそ本当の“ワル”なのである。