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中央構造線上における地震の連鎖へのあるべき態度

「連動型地震」というのは学会的には仮説ということらしい。気象庁が「想定外」という表現で今回の”多発地震”について説明していたが、「科学的に証明されたものでないと信用しない」という相変わらずの悪しき科学主義から出た見解と言わざるを得ないだろう。本日の原子力規制委員会の田中俊一の「(川内原発停止についての)今判断を変える理由はない」という見解も同じ立場である。そして、コトが起きたら相変わらず「想定外」という便利な”行政用語”で逃げる、交わす、という狡猾さが透けて見える。ところで、気象庁は「想定外」という表現の他に「経験則から外れた地震」という説明も行ったが、これが無知から来たものか、或いはわざと知らないことにしたのか不明だが、全くの虚偽発言に近いものと言える歴史的根拠がある。それは、1596年の9月1日から5日にかけて起きた慶長地震だ。それはまず9月1日に愛媛県で発生した慶長伊予地震だ。その3日後の1596年9月4日に豊予海峡を挟んで対岸の大分で発生した慶長豊後地震、4日後の1596年9月5日に発生した京都の慶長伏見地震(ともにM7.0規模と推定)と立て続けに連続で起きた地震である。地震研究においては、これらは中央構造線上及び、その周辺断層帯で発生した一連の地震活動の一つで「連動型地震」とされているが、あくまでも冒頭の「仮説」ということらしい。地震予知に関わる研究者・学者においては、「連動型」を科学的な根拠で説明することは難しいらしいが、現実がその根拠を示しているではないか、と思われる。このことを裏付けていると言ってもいいように、先ほど(2016年4月18日PM11:16)、この構造線に近い徳島(三好市、土佐町)でも規模は小さいが震度1地震が発生している。気象庁、或いは原子力規制委員会などそれぞれの立場からのいわゆる責任逃れ的なポジショントークが乱発され、また政権はこれを悪用、逆利用して丸投しているが、このような人知を超える自然現象に対しては、政治や科学などの専門家にすべてを委ねるという態度こそ我々は改めねばならないと思われる。東日本震災がそのことを如実に物語っているではないか。個人は弱いものであるが、弱さゆえにこそ自らの内面が発する警告に敏感にならねばならないだろう。そそてそれは「妄想」ではなく、多分歴史上のどこかで同じことが繰り返されていることの目に見えない無意識の伝播と思われる。