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エマニュエル・トッドを通して視る左翼幻想

世界の行方を占う手段として、「為替」「株価」などの経済的要因、「民族」「宗教」などを背景とした軍事的要因、そして「イデオロギー」に基づく地政学的要因などが国際政治に関わるあらゆる領域において活用されるのは現代の常識である。それは少なくとも「占星術」や「陰謀論」類の非合理的、非知性的判断よりは、支持されている。しかし、統計学をベースに世界の行方を予想し、しかも見事に言い当てたのが、エマニュエル・トッドだ。トッドは人口学の研究者(フランス国立人口学研究所)だが、1976年に書いた『最後の転落』で、ソ連の人口指標の一つである乳幼児死亡率の推移からソ連帝国崩壊を予想したことで一躍“預言者”という肩書を、本人の意思とは別につけられたが、その後もそのような世迷言に惑うことなく、研究者としての立ち位置を外すことなく、世界政治に関わる著書を書き続けた。『最後の転落』の後は、『世界の多様性(『第三惑星』『世界の幼少期』の合作)』(1984年)で家族形態を領域化することに成功、その家族指標に識字率、自殺率、殺人率、農業形態などを加味した統計手法を基に西欧諸国の根本的な差異化を明確にした『新ヨーロッパ大全』(1990年)と続き、9.11直後には『帝国以後』(2002年)でアメリカの崩壊も“予言”したのは記憶に新しい。その後もトッドは、アラブ革命や移民問題、EU統合、イスラムなどについて次々と “予言”を繰り出し、世界の知識人においてのみならず政治家、経済人の中においてもその存在は大きいが、しかし、相変わらずそのスタンスは自らが「私は政治家でもなければ経済学者でもない、ただの研究者である」と述べるように謙虚なものだ。そのようなトッドの性格的な温和さと研究者としての冷厳さが不思議にミックスしているのが、彼の著書の特長でもある。ソ連の崩壊を“予言”したことで、一時はポストマルクス主義の旗手としてもてはやされようとしたが、彼はそのような秋波にも惑うことなく相変わらず「研究者」という立場を変えなかった。
 ところで、トッドは上記のように今や“知の巨人”であり、彼の著書の説明や彼の理論等についてここで改めて記述するのは無駄であり、私にとって意味が無い。私が興味を持ったのは、まさにE・トッドという人物そのものであり、彼と同時代、同世代の存在としての興味からだ。世界の知の巨人と極東の片隅で小さく世間と付き合いながら生きている人物を比較することに、若干の引け目と気負いはあるが、同世代(同じ64歳)として通時的にも共時的にも許されるのではないかと思う。トッドの祖父そして父はコミュニストであり、トッド自身、幼少から思春期を経ての自らのイデオロギーを「左翼」と位置付けている。そのような彼が、60年後半から70年代に至る、日本では70年安保、フランスではパリ5月革命など、世界で左翼の嵐が吹き荒れた時代を、彼自身は余り当時のことを発言していないが、相当に影響を受けたことは間違いないだろう。そのような彼が「革命家」にならずなぜ「研究者」になったのか、がここで問いたいテーマでもある。トッドにならって、一つの領域化(カテゴライズ)を図ってみる。60-70年前後の左翼思考の影響を受けたものが、その後の冷戦崩壊、ネオリベラリズムの台頭という大きな世界史の流れの中で、恣意的ではあるがどのような意識に変わったかという観点から見て、①左翼原理主義を抱いたまま(原理主義) ②イデオロギーと現実の相互乗り入れ(日和見主義・オポチュニズム)、③理想と現実はやはり違う(現実主義・プラグマチズム) ④左翼主義は完全な間違いであった(右翼反動)と四つに分けてみた。①と④は多分少数であり、いわゆる“極端”だ。現実的には多分②と③が多数を占めるだろう。ところで、この②と③を荒っぽく恣意的に分析すると、②については、悪く言えばご都合主義といえるが、未だに左翼的理想からは完全に抜け切れず、どちらかといえば情緒的な意識が主といえる。一方、③は左翼的理想を完全に否定はしないものの現実をどちらかといえば客観的に捉えて行こうとする意識が強い。この観点から見れば、私は間違いなく②であり、多分トッドは③に分類されると思う。社会の表象は様々な要因の関係性の結果として現れるものであるが、現代の表象の裏側にある関係性或いは力学という観点で見れば、少なくとも世界史の動きに量的・質的に大きな影響を与えている“塊”として、②と③は位置づけられるのではないだろうか。何故なら、ここで古いマルクス理論を持ち出すならば、「存在が意識を決定(規定)する」(『経済学批判』序言)ということを社会有機論的に現実社会に当てはめた場合、60-70年代に生きた我々の存在が社会に与えている影響はいまだに継続していると言えるからだ。例えば、安倍政権の④のような右翼的反動政治が彼らが思うほど簡単に世の中が覆らないのは、②と③という力が働いているからであり、逆に言えば①のような武力革命もほぼ不可能だろう。トッドも「社会の変化はわれわれが想像するよりはるかに緩慢である」と言っていることがその証左だ。
 さて、上記のような分類を行い、そこから見えてくるものを何とか明確にしたいと思う所以は、私がトッドの意見にある分与しながらも、「そうじゃないだろう!」という気持ち(これは敢えて反論ではない)があるからだ。言い換えると、上記の②と③の間の反駁のようなものが、現代社会の抱える行き詰まりの要因とも言えるからだ。マルクス主義に「大きな物語」という表現を使ったフランス哲学者ジャン・F・リオタールを当然トッドも知っているはずだが、彼(トッド)はリオタールのポストモダンの「小さな物語」の穴倉に入るような奴ではないだろう、という(同世代としての)思いからでもある。トッドに上記のマルクスに変わる「大きな物語」を期待する向きは今でも世界中にあるようだが、そこまで彼を持ち上げることはないにしても、彼自身が言う「単なる研究者」としての意識は、まさに存在が意識を決定する如く、彼自身も変化せざるを得ないように思える。トッドは、マルクス主義モデルについてこのように言っている。「イデオロギー的な傾向を経済的な層状構造もしくは家族構造から導き出すことは、それぞれ論理的には類似した操作である。だがマルクス主義モデルと人類学モデルとの間にある確実な相違は、前者が観察された事例を説明できないのに反して、後者はそれが可能と言う点である。」そうではないのだ。観察されないところこそ観察すべきものであり、それによってこそ、社会の「変革」は行われるのだ。そこで、トッドがまたしも「私は一研究者に過ぎない」と言い逃れるのであれば、まさに単なる研究所の主体性のない分析作業者に過ぎないだろう。しかし、彼の意図は彼自身が言うが如く「一科学者として、政治家たちがその国に暮らす人々のうちで最も弱くて脆い立場にいる人々を無益に苦しめつつ、全体を災厄へと引っ張っていくのを目の当たりにして激しく苛立つことがあるのです」(『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』2015年)ということではないのか。エマニュエル・トッドという人物は、我々世代の典型的人物像の一人でもあり、また類まれな才の持ち主でもある。彼の発言を言辞的表象的理解、或いは単純な古い左右イデオロギー観念でみれば、「節操がない」と見受けられるものもあるが、それについてはまだ学習が足りない、ということで無視できる。何故なら、彼自身が「知らないという権利」という表現で、「政治的、倫理的な問題が問われるなかで、知識人が或る問題について何の意見ももたないということがあっても、私は恥だとは考えていません」と述べている。そのような彼には教えてあげれば良いのである。もちろん、研究者としての彼が興味を引くことが重要なのだが、研究者以前の人間としての存在からは彼とて神ではないので逃れられないだろう。
 長くトッドのことを書いたが、一つは身近な問題として、私自身が職業(カネを得る手段として)とはいえ、やはりデータを駆使してある結論に導くような作業を行っていたからだ。確かに統計学は面白い。ある事象の説明に複数の別の事象を用いて結論付ける作業は非常に魅力的であり、世の中の全てがこのモデルにぶち込むことによって説明可能になるような気がする。しかし、ほんとのところ「統計学は未来を予測できるか?」という疑問は常に残る。金融経済という不明確不明朗な仕組みに覆われた現代社会では、現実の不安を未来の予測で解消しようとする方向へすべてが動きつつあるように思える。「一寸先は闇」という観念は多分東西問わず、経験的知としてあるのではないだろうか。理想或いは理念などというものはトッドの言う「観察されないもの」と言えるが、科学の一つの極としての「統計データ」と精神の一つの極としての「自由意志」を一致させることが果たしてできるのだろうか。出来るとすれば、果たして人間はそれで幸福になるのだろうか。それと同時に、左翼の理想とは一言で言えば「普遍性」ということだろう。「格差」や「差別」が現代社会を表現する大きな言葉であり、しかもその固定化が固着化が問題視される今、「違うから違う」「同じだから同じ」ではなく「違うから同じ」「同じだから違う」という弁証法揚棄する思考を、現実社会のなかでどのように行動、具体化していくのかが問われているように思える。もちろん、トッドにも私にも!そして敢えて言えば、我が世代すべてがこの世に生きた証をどのように生きている間に還元できるかが問われているような気がするのである。