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オオカミ再導入と人間社会

先日、東京・日比谷にて日本オオカミ協会主催の「オオカミシンポジウム」に参加した。シンポジウムのテーマは日本では絶滅したオオカミを再導入(再び野生として放つ)することを目的としたものだが、日本よりいち早くこのテーマに取り組んでいるアメリカとドイツから来た専門家の講義は、それまで知らなかったオオカミの生態や貴重な映像なども見ることができ、なかなか面白かったが、いろいろ考えさせられたこともあった。

再導入のそもそもの動機は増加する獣害に対する駆除法としての手段である。その根拠として挙げられているのが、「頂点捕食者」という考えである。動物生態学では、「頂点捕食者」とは自身そのものが捕食されない、食物連鎖の最終段階(頂点)に位置するもののことを言う。オオカミもこの食物連鎖における「頂点捕食者」となっているらしい。他には、トラ、ライオン、ワニなどがこの部類に入るようだ。もちろんそのような観点から見れば、人間だって「頂点捕食者」となる。この「頂点捕食者」が安定していれば生態も安定しているということが再導入の根拠の一つとなっている。確かにそう考えれば、例えばシカを好物とするオオカミを放つことは生態学からみても妥当と思われるかもしれないが、果たしてそのような単純なものなのか、少し疑問が残る。というのも食物連鎖の考えには「食物網」という考えもある。これは単純な生物間の「食う食われる」ではなく、現実的には生物は複数の種を食ったり食われたりする関係にあり、これらの関係を概念として捉えると複雑な網目関係が出来あがることを指している。この食物網の考えは「群集生態学」という概念を生み出し、現在では生態系を思考する場合の基本的な考え方になりつつあるようだが、この群集生態学から獣害をみれば、単純に天敵導入でことが片付く訳にはいかないようにも思える。オオカミ再導入の根拠の「頂点捕食」の結果については、シンポジウムで披露されたアメリカ・イエローストーンにおけるオオカミとエルク(アメリカシカ)の導入前と導入後の調査によって明らかになったと言われているが、まだまだ実際的な成果の積み重ねが無いと導入反対派を説得することは困難ではないだろうか。ちなみにオオカミ再導入について、日本オオカミ協会が行った3年ごとのアンケートの最近の結果によれば、導入賛成派が反対派を上回ったとの報告も席上あったが、ある意味面白いテーマだけに、単なる獣害駆逐という目的に縛られることなく、産業革命以降、特に20世紀に入って加速した人間文明による生態系の破壊という視点からの議論にも発展させて欲しい気がする。

ところで、先ほど人間も「頂点捕食者」と言ったが、本当にそうだろうか。「頂点捕食者」の定義は「自らを捕食しない」と言うことだったが、最近の人間は他の人間から臓器を奪ったり、自ら機械を体内に入れたりと、自身の改造が進んでいる。また食べることはさすがにしなくとも、人間同士殺し合うのは日常茶飯事である。人間を社会的存在として見れば、文字通り先述の群集生態学の観点からも、このような行為は自らが自らを捕食する、表現は悪いが「友食い社会」と言っても差支えないのではないか。昔「ソイレント・グリーン」というカニバリズムの近未来SF映画を見たが、まさに今の人間は自らが自らの生態系を破壊しようとしているように思えてならない。

 

<低炭素都市ニュース6月10日号より転載>