キューバとアメリカ国交正常化の裏側

ここの所、アメリカとキューバの国交正常化についての報道が賑わっている。日本を含め西側メディアは、「キューバ現体制が望むのは経済制裁解除であり、キューバ市場が開かれればキューバ国民の経済困窮解消につながる」という論調により「困っているキューバに米国が救いの手」という構図でこの流れを説明している。確かに革命56年後の現在、キューバのインフラが劣化し、経済発展のためには経済成長率が 5~7%必要で、それには年間 20~25 億ドルの外国投資が必要とされている。少し歴史を振り返ると、アメリカのキューバに対する経済制裁は革命直後の1961年1月の一方的国交断絶に始まったものであり、当時のケネディ政権はカストロ政権打倒を目的に、同年2月に対キューバ経済・金融・通商禁止政策(いわゆる経済封鎖)を行ったことは2001年の米国秘密文書公開により明らかにされている。この秘密文書では、当時のレスター・D・マロリイ米州担当国務次官補は、「政治的にはキューバの大多数の国民がカストロ政権を支持しているので、効果的な政治的な反対はない。国内の支持を消滅させる唯一の手段は、経済的不満足と日常必需品の欠乏の事態によって国民を落胆、失望させることである」という報告書を提出している。同年4月には、CIA支援による反カストロ勢力1500名による直接侵攻(ピッグズ湾事件)やありとあらゆる政府転覆操作を行うマングース計画もあったがすべて失敗に終わっている。続くジョンソン政権は1966年に亡命キューバ人に対する「ドライフット・ウェットフット」という政策(キューバ人地位調整法)で他のラテンアメリカ人にはない特別待遇(米国に到着したキューバ人には一年間の居住権を与え、その後 1 年後には永住権を与えるというもの)を与えることにより、キューバ人の大量亡命を煽る政策を出した。ちなみにこの政策は今でも継続しており、今回正常化交渉の重要な議題の一つでもある。歴代米国政権の「打倒キューバ政策」が続く中で、ベトナム戦争敗北や米国自身の経済破綻危機(オイルショック・ドルショック)を受け、1977年にはカーター政権の下で、両国による現状打開策として、相互に利益代表部をワシントンとハバナに置くことに合意し、関係正常化への糸口が現れたものの、続くレーガン政権は、1982年にキューバテロ支援国家として指定、再び両国の関係は冷却した。このキューバテロ支援国家政策は現在のオバマ政権まで維持されていることは周知のとおりである。特に90年代のジョージ・ブッシュ政権、クリントン政権は、キューバ経済封鎖政策を一段と強化し(トリセリ法)、海外米企業のみならず第三国にまで拡大する(ヘルムズ=バートン法)方針を取り、これに対してキューバ政権は1992年に国連総会で「米国の経済封鎖は国連憲章及び国際法違反」として経済封鎖の解除決議を提案、これは昨年まで23年間毎年圧倒的多数(加盟国95%の支持)の賛成で決議されて来ているが、米国とイスラエルの2国だけが反対しており、米国による経済封鎖は事実上世界では孤立政策となっている。このように一方的なアメリカによる「キューバいじめ政策」が60年近くも続いているにもかかわらず、脅しにも屈せず、教育・医療費無料政策に象徴される平等社会の追求を国是とするキューバの存在は、近年の中南米諸国の対米自立・民族自決の流れを底流から支えるものであり、またラテン人としての精神的誇りにさえなっているのである。今回の米州会議へのキューバ参加には、ブラジル・メキシコのほか、エクアドルベネズエラニカラグアなども積極的にキューバの会議参加を要請しており、このような流れにオバマ政権も拒否できない状況になっていたのである。ちなみに、ラテンアメリカカリブ海の 33 カ国は南米南部共同市場(MERCOSUR 6 カ国、1991 年)、南米諸国共同体(UNASUR、12 カ国 2004 年)、米州諸国民ボリーバル同盟(ALBA、8 カ国 2004 年)、中南米カリブ海諸国共同体(CELAC、33 カ国 2011 年)などアメリカの参加しない独自の経済協力共同体も結成しており、また一方では、2012年にボリビアベネズエラニカラグアエクアドルが軍事同盟であるリオ条約(米州相互援助条約、1947 年発効)からの脱退を表明し、2004 年に脱退したメキシコと合わせて 5 カ国が脱退し、米国主導の軍事同盟が機能不全に陥っている。このように中南米におけるアメリカの存在は、これまでの軍事ドクトリンが崩壊するとともに経済的環境もアメリカにとっては苦しい状況になっているのが事実であり、キューバとの国交正常化はアメリカにとっても必要なものであったのである。

 さて、それほど簡単には進まないと思われる今回の国交正常化交渉であるが、裏話としてBBCが報道した内容はある意味今回の国交正常化の難しさを象徴しているように思える。それは、革命の英雄チェ・ゲバラの殺害に大きくかかわった元CIAオフィサーの亡命キューバ人のフェリックス・ロドリゲスが首脳会談に参加しているというニュースである。BBCの論調はロドリゲスの発言を肯定的に捉え、ゲバラの実像は「単なる大量人殺し」というレッテルを貼るものであるが、ネットを検索するとキューバ国交正常化に関して、キューバの状況や英雄ゲバラを意図的に貶めるサイトが散見されるようになった。キューバ敵視策をまだ維持したい勢力とオバマ政権の間で何か密約があるのか単なる偶然なのか、少なくとも偶然とは思えないニュースではある。ちなみにロドリゲスジョージ・ブッシュと非常に近しい存在でもある。(ジョージ・ブッシュはフォード政権当時のCIA長官である)これについては、ゲバラの娘であるアレイダ・ゲバラは「元CIAエージェントの存在は恥ずべきである」と批判している。一方では、亡命キューバ人の2世でもある共和党のマルコ・ルビオ上院議員の大統領選への出馬の話題もある。ルビオは今回の正常化交渉を「ベネズエラ、イラン、北朝鮮の独裁者にオバマ大統領の単純さを利用できると思わせる」と述べており、正常化に断固反対の態度をとっている。特にアメリカ在住の亡命キューバ人は2010年時点で180万人であり、その三分の二の120万人がフロリダで生活している。次期アメリカ大統領選においては、これまでも激戦地であったフロリダ票の獲得は重要な票田であり、また亡命キューバ人の50%がオバマを支持しているという調査結果もある。ちなみに、これを受けヒラリーがこの正常化交渉に前向きの評価をしているというニュースは耳新しいものである。

このように、正常化をめぐる環境はさまざまな思惑が交錯しており、一概に評価することが非常に難しいが、60年近くもアメリカによる帝国主義的干渉を受けながらも、「平等・民族自決」を社会体制の根幹として維持しているキューバは世界の歴史から見てもその存在は大きなものである。貧富の格差が固定化しつつある資本主義先進国にとってもキューバから学ぶべき材料は数多くあると思われる。もちろん、キューバにとっても「精神」だけで国を維持できるものではない。特に経済封鎖による経済的危機は相当なものがあると思われるが、今でも「グランマ号」に端を発するキューバ国の不屈の精神は失われていないのである。

最後に2015年1月にフィデル・カストロハバナ大学入学70周年を記念したイベントに寄せた書簡でこう述べている。

「アメリカを含む世界各国と友好な関係を築くことは大事だが、それでも私はアメリカを信用していない」

引き続き、両国の正常化の交渉を見続けていきたい。

 

BBCニュース

http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/7027619.stm

★アレイダ・ゲバラの批判

http://www.cubanews.ain.cu/cuba/2809-che-s-daughter-rejects-presence-in-panama-of-man-t

フィデル・カストロ ハバナ大学入学70周年記念書簡

http://en.granma.cu/cuba/2015-01-27/for-my-federation-of-university-students-classmates