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アメニモマケズ

最近、宮澤賢治に関連する機会が何度かあり、しばらく忘れていた、「アメニモマケズ」の言葉を思い出しました。
この詩(言葉)は戦前、戦後と修身や国語の教科書に必ず掲載され、日本人であれば誰でも一度は読んだことでしょう。
非常にわかりやすい表現であり、読むごとに頭の中にその情景が浮かんで来ます。
冒頭でまず「丈夫ナカラダヲモチ」と体へのこだわりを、次に「慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル」と心の在り方を、そして「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ」と我欲ではない無欲を言い、最も具体的表現の「東西南北」では人に対する行動の指針と、そして多分この詩の本質と思われる「ミンナニデクノボートヨバレ」という賢治自身の求める究極の人間としての在り方を述べています。
私自身、年齢を経るごとにこの詩の持つ意味の深さが分かるような気がしていますが、それはまだ頭の中だけのことであり、熱心な日蓮信者でもあった賢治の目指すものは口先ではなくそれらを体現してこそ意味あることだったことでしょう。
この詩は非常にわかりやすい分、時代の中で時の権力や外部から「自己犠牲」の精神として称賛され利用されるという経緯がありましたが、このような生き方を外に求めるのではなく自らが自らに対する”戒め”として賢治が書いたものと思われます。
今、「格差社会」と言われ、「(カネさえ出せば)何をやっても自由」という風潮がはびこる中で、この「アメニモマケズ」の詩が逆にある意味崇高なイメージで浮かび上がってくるのを感じるのは多分私だけではないでしょう。
とはいえ、私自身がこの詩を他人に対して説くのではなく、今一度私自らの”戒め”として捉えなおしたいと感じた今日この頃です。
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それにしても「ミンナニデクノボートヨバレ」という個所だけはいまだに完全に理解できない部分ではあります!

(DAIGOエコロジー村通信5月号より)