オバマはなぜシリア攻撃に固執するのか

シリアを巡る情勢が日々目まぐるしく変わって来ている。化学兵器使用疑惑が出たのが8月中旬でその直後には「シリア介入」が顕在化した。しかし、以前から、「政府(軍)VS反政府(軍)」という表層的な捉え方でしか報道しない日本のマスコミだけみていると、「なぜ今急に!」という“愚かな”疑問も湧いてくる。

■(シリア問題の)基本的背景

そこで、とりあえずシリア問題の背景を探るべく、安直ではあるがネット情報でいろいろ調べてみたところ、根っこにあるのはイスラム「スンニ派VSシーア派」の争いが見えて来た。しかし、ことはそんなに単純ではなく、様々な国家利害、宗教利害、歴史的地政的問題などが複雑に絡んでいるので、なるべくシリア問題を簡潔に把握すべくそこを深く紐解くことは今回はやめる。

一つだけ、留意しないといけないのは、大枠のイスラム主義の中に、より厳格なイスラム教の教義の徹底を図る「サラフィー主義(スンニ派)」という流れが台頭してきていることである。ちなみにチュニジア、エジプトにおける「アラブの春運動」もサラフィー主義の流れから来ている。このサラフィー主義がシリア問題をより複雑化している大きな要因でもある。「サラフィー主義」を取り上げると、世俗的な「アラブ主義」も取り上げないわけにはいかない。なぜならば、結果としてこの「アラブ主義」に対する抵抗が今回のシリア問題の一つの構図となっているからである。

簡易に説明すると、イスラム教の教条的原理的統治ではなく、イスラム主義と社会主義を組み合わせた中東における政治運動であり、古くはエジプト・ナセル体制、近年はイラクフセイン体制、リビアカダフィ体制が「アラブ主義」である。そして、シリア・アサド体制も「アラブ主義」を取る。当然ながら、社会主義の理論も含む体制であることから、旧ソ連・ロシア、中国がシリアを支援する一つの歴史的理由でもある。

■現実的背景と構図

このような背景を持つシリアで、「アラブの春」の流れを汲む、2011年の反政府運動が起きたことを切っ掛けに、アサド政権を下したい欧米とイスラエル、反シリアのサウジアラビアカタールの利害が一致、欧米とサウジアラビアカタールは“シリア反政府組織”に武器や経済的支援を行っているという現状が今の状況である。

欧米の利害は、一口では言えないが、米国のいう“悪魔の国”イランと戦略的同盟関係を結ぶシリアの体制は当然打倒の対象だろう。サウジアラビアカタールはスンニ派が権力を握る国であり、前述の通り中東イスラムにおける基本的なイスラム派閥の争いをベースに中東における政治体制の統一化を巡る覇権争いも加わっている。

ここまでがざっとシリア問題の基本的背景である。ここに、現在の問題として、天然ガス及び米ドル基軸通貨問題(石油決済)が被さっているというのが大きなシリア問題の構図のようだ。天然ガスについては、人口一人当たり埋蔵量ではカタールが群を抜いており、シリアからトルコを抜けてヨーロッパに至るパイプラインの計画をアサド政権からつぶされている。逆にイラン-イラク-シリア-ヨーロッパのパイプラインの計画が進んでおり、これが実現すると欧州のエネルギー源をイランに握られることになり、由々しき問題となる。

一方、米国から見れば、自国のシェールガス革命で新たなエネルギー自給の可能性が見えて来た。普通の国であれば、自国で自給・消費体制を構築するものであるが、米国のエネルギー戦略は石油でもそうであったように、自国以外のエネルギーの支配権を握り、自国のエネルギーは温存するというものである。

さて、悪魔と呼ぶイランに対抗できる天然ガス埋蔵量を持つ中東の国は、カタールであり、UAEアラブ首長国連邦)、サウジアラビアオマーンという湾岸諸国である。しかもこの国々の政治権力は先述のようにスンニ派であり、サウジアラビアなど歴史的に親米である。こうなれば、おのずと米国がシリアに介入する理由のようなものが見えてきたのではないだろうか。

米ドル基軸通貨問題、いわゆる石油決済のドル建てについて言えば、イラクフセインも決済をドルからユーロに切り替えたことが、米国のイラク侵攻の大きな理由でもあったように、シリアも2006年にドルからユーロ建てに切り替えている。ちなみに、2012年にイランは、ペルシャ湾キッシュ島にIOB(イラン国営石油証券取引所)というドルの代わりにユーロやイラン・リアルや他の主要通貨で決済する原油取引所を設立している。米国のイラン敵視政策の本音はここにある。

オバマが攻撃に固執する理由

さて、最後に今回のテーマ「オバマは何故シリア攻撃に固執するのか」についてだが、オバマ大統領選挙資金は、共和党を支援する企業や金融機関とは違い、“草の根”と言われ、オバマ自身も選挙資金獲得にこのような市民団体と積極的に交流しているが、果たしてそんなに単純に草の根で資金が集まるのだろうか、という疑問がわく。(※これについては、民主党候補としてヒラリーと闘った時から一部でささやかれていた疑問でもある。)

一般論として、親米の中東産油国から米国大統領を見る場合、ブッシュのようなあからさまにイスラエル側に軸足を置き、強硬な手段を用いる大統領よりも、ある程度バランスをとる大統領の方がメリットがあるだろう。そこで、これまで述べたような中東シリアを巡る構造からみれば、オバマのスポンサーとして潤沢な資金を持つ湾岸諸国、その中でも、サウジアラビアカタールが最もその可能性が高いと思われる。俗な言い方をすれば、「スポンサーから脅されたオバマ」という見方が出来る。

しかし、そうであれば大統領権限でシリア攻撃が出来るものを、なぜわざわざオバマは「議会承認」を求めたか、という疑問が湧いてくる。確かに、国際政治は上記したような「(介入を)ちょっと頼むぜ!」「わかったよ!」などと市井の頼み事のような訳にはいかないであろう。

余りにも突然の「議会承認」であり、ホワイトハウスの面々、また野党共和党も含め、いくらABCやCNNが取り繕った報道をしようが、明らかに戸惑った表情であった。この間のオバマに対するマスコミ(主に米国)の論調は、(大統領は)危険な賭けに出た」「信頼の失墜」「疲れた表情」、、、などとオバマを否定するような論調と、「(大統領は)必死に説得している」という彼らなりの期待感とが入り混じった報道であり、一貫性を欠いている。

■新たな懐疑

さて、ここからは、私の想像であり、いわば落合信彦的エンターテイメント的発想であるので、そのつもりでお読み頂きたい。

オバマは大きな賭けではあるが、非常に意図された賭けに出ているのではないか。一つは、G20でロシアプーチンとの会談が期待されたが、実現しなかったのは既に話が付いていたと思われる、すなわち、一昨日の「シリア化学兵器提出」という新しいテーマである。これで、実質シリア攻撃はまた先延ばしされた。

優柔不断(なオバマ)という批判を逆手に取り、あえて演技しているのではないか。そして結論として「議会での否決」を望んでいる。ここが、マスコミなどの分析と正反対の結論である。

彼はシリア攻撃を「やりたくない」のである。

では、なぜそのようにふるまうのか、そのメリットは?

一つは、客観的に見て、シリア攻撃によるその後の展開が全く見えていないということが挙げられる。シリアから「第三次世界大戦も辞さない」という恫喝があるようにまさに第三次大戦も嘘ではない状況である。英国にしろ、仏国にしろ、また米国にしろ、国民はやはり賢明であり、今回の軍事介入に否定的であることはオバマは充分承知している。そこで、少し狡猾と言うか頭が良いというか、大統領としては「攻撃したくない」とはやはり言えない。しかし、議会に諮って否決されれば堂々と攻撃をやめることが出来る。また、「指導力がない」という非難は軍事介入による失敗よりもマシと思われる。

しかし、もっと根源的なところから見て行かなくてはならないだろう。世界の覇権を握る大統領の言辞や振る舞いを、短期間に何人も変わる極東の国の首相と同じようにみることはできない。初めてのアフリカ系アメリカ人としての大統領である。その存在は、彼自身の能力に加え、彼を大統領にするという歴史的な文脈からみていかないといけないのではないか。オバマ大統領当選時の著名な米国保守評論家のクラウトハウマーは『オバマ氏は自分自身を世界的にも歴史に残る人物だとみており、米国を変容させることをみずからの任務だとしている。その任務とは米国の政府と国民との間に新しい関係を築くことなのだ。そのために必要な資金と信託と度胸とを彼は有しているといえる』と評している。

そう、オバマは本気で世界(の構造)を変えようとしている。もちろん、その道は平坦ではなく彼が在職中に何とかなる訳ではないだろう。しかし、シリア問題がある意味米国内の問題のみならず世界の様々な矛盾を含んでいる問題である以上、逆にみればこの問題の解決如何が新しい世界の枠組み作りにもなるきっかけとなる可能性が高い。

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日々、人民が殺戮されていく今の状況の中で、シリア問題の結論はいずれにせよ米国議会採否が大きな意味を持つのは間違いない。果たして、私の予想(願望かもしれない)はどうなるのだろうか。