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シュレディンガーの猫

シュレディンガーの猫」という思考実験があります。詳細はwikiあたりで確認 してもらうとして(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%8C %AB)、簡単に言えば、閉じたある仕組みを仕込んだ箱の中に猫を入れてその猫 が死ぬか生きるか、をどう判断するか、という問いに対して「(生も死も)両方 (同時に)存在している」という結論を導きだす実験です。ちょっと説明する方 もなかなか分かりにくいのですが、量子論の世界は、このように通常の私たちの 五感による認識では矛盾する出来事があるようです。これは、観測者(人間)側 に問題があるのか、と”科学的に”検証してみてもそれを否定することが出来ず、 収束した結論が出ないまま「コペンハーゲン解釈」として「そのようなもの」と いう判断になっているようです。ここから、SF好きな人たちにはたまらない「多 世界(パラレルワールド)」という未知な世界がある”科学的”根拠を持ったもの として支持されているようです。

シュレディンガーの猫」の実験に対して、 1957年にヒュー・エヴァレットという当時プリンストン大学の学生から画期的な 提案がなされます。すなわち、量子力学の一定の結論としての「可能性が重なり 合って多重存在している」という見方を当然観測者である人間にも適用すべきで はないか、という指摘でした。すなわち、人間にも「死んだ猫をみる人間」と 「生きている猫をみる人間」が同時に存在する、という結論(解釈)です。ますますわからない世界に入って来ているようですが、このように量子論の世界で は、我々が「科学的」と思っていた思考から一挙に飛び跳ねた思考方式で議論が 活発化されています。宇宙論もおなじみのビッグバン説、ブラックホール説以外 にも、「ひも理論」「泡理論」なども出て来ており、本当に我々一塊の素人には 何が何やらわからないのですが、ちょっと見方を変えれば非常に夢とロマンのあ る話のようでもあります。

哲学と言う領域は「人間とは何か」を訴求思考する学 問でもあり”非科学的”思考も許される世界でもありますが、便宜的な領域に分け て専業化・分業化していく学問や科学の世界も実は、このような多重存在である のであれば、哲学としての「宇宙論」という見方も必要なように思われます。

お釈迦様は「色即是空」として生と死の一体化した宇宙論を唱えましたが、さて、 「実は自分は一人ではない」という結論をどう判断するべきか!ゆっくり夢でも みながら考えてみることにします。

 

※釈迦の宇宙論は汎宇宙論として、古代量子論を踏まえたものである、という説 もあります。

 

【低炭素ニュース&レポート3月号より】