読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

賀川豊彦の「宇宙の思想」

神戸生協の創始者の一人でもある賀川豊彦の人生は波乱に富んでいる。

自らの生い立ちも関係しているのだろうが、それは徹底した弱者の側へ立つ信念とその弱者を産む社会悪との闘いでもあった。

かれの信念が言葉だけのものではなく体を張ったものであったことを物語る行動が「貧民窟」へ自ら引っ越しそこでのキリスト教伝道者としての行動と深い思索であった。「貧民問題を通じてイエスの精神を発揮してみたい」という発想はかれ自身17歳の時病の身で生死をさまよいそれまで人生の意味に価値を見いだせず死を解決方法と考えていたった時に恩師マヤスや長尾牧師の献身的な姿に宗教的な啓示を受けたことが切っ掛けである。

かれは言う。「神が彼に委託した或事業―それは貧民問題を通じて、イエスの精神を発揮して見たいと思って居ることーその為に貧民窟で一生を送ると云う聖き野心を遂げえるまでは、死なぬと云う確信を持って居た」(自伝小説『死線を越えて』)。

かれが貧民窟で考えたことはかれの思想の集大成の一つでもある「宇宙悪」という概念に示されているが、その特徴は機械文明への批判とファーブル昆虫記から研究した人間社会の残酷さへの鋭い指摘である。貧民窟における現実の矛盾とかれ本来の平等観が当時急激な勢いで広まっていた社会主義と結びつくのは想像に難くない。かれは貧困の問題を労働問題として捉え、その矛盾の根源を資本主義にあると結論する。(「(貧民の)人格を資本主義の唯物的圧政より回復したい」(『主観経済の原理』)より)

しかし、かれの労働組合運動は急進的なマルクス主義者の行動とはなかなか相容れないものとなる。かれは戦前最大の労働争議と呼ばれる三菱造船所川崎造船所争議の先頭に立つが惨敗に終わったことから、労働運動から退くことになるが、かれの社会悪に対する思いは依然と強く、労働運動から農民運動へとその闘いの場を変えていく。何故ならかれが住む貧民窟の多くが農村出身であり、既に彼らは農村にいる時から「貧民」であったことに気付いたからだ。かれはまた農民が実は「生産者」であることにも留意した。労働者は文字通り「無産者」であるが、農民の本質は「生産者」である。しかし、土地を持たぬ農民(小作人)は実質上は「無産者」となる。ここに、地主の圧政に翻弄される小作農家と都市労働者が同じ立場にあることをかれは見抜く。このような下層農民を解放するためには農民そのものの意識改革が必要でありそのために農民が団結して農民運動を展開する「農民組合」の全国展開を目指す。しかし、時代は専制的な中央集権国家を目指す政府権力と真正面から対峙する左翼勢力の急進的な動きに農民組合運動も翻弄され、結果として賀川は農民運動からも撤退することになる。

そのようなかれの最後の社会運動の砦が「協同組合運動」となる。この協同組合運動の基となったものが神戸生協の原点でもある「消費組合」の設立である。

かれは言う。「1871年にパリコミューンがあったが、労働者が自分で工場を監理して15万人が働いたけれど、製造したものを売りさばかない。詰まり消費組合が出来ていなかったために失敗に終わったのである。消費組合を作らないで、労働組合だけが何々を要求すると云った所で駄目である。」「消費組合と生産者組合はギルド精神によって今日の資本主義的自己中心の社会組織に変わって世を支配せねばならぬ。」

さて、労働組合、農民組合、そして協同組合へと展開する賀川の信念を貫くものは、キリスト教における「贖罪愛」である。「贖罪愛」とは「人の為に喜んで死ぬ気がなければならない。それがイエスの運動である」「自分が死を捧げて人に尽くす」(賀川)ことである。

そのようなかれにとって時代の中で先鋭化する政治権力構造と大衆運動を階級的対抗として捉えることが出来なかったことをかれの弱点として上げるのはやさしいが、それでもかれの功績はその後の様々な組合が成立し、「協同」という概念を貫き通し現在に至る礎を築いたことは事実である。

ある意味かれは理想主義者であった。過酷な現実を精神的な面で解決できるというのではなく、精神的なものが伴わない手法は根源的な解決にはならない、という思いがあるのである。かれの精神を支えたものはやはり「キリスト教的共同愛」或いは「宗教的兄弟愛」というものであり、その面において労働運動や農民運動におけるマルクス主義的唯物観を受け入れることが出来なかった。

賀川豊彦の一生における活動にはかれの信ずる宗教的信念が底流を貫いており、特にプロテスタンティズムはそういう意味では非常に個人的倫理観が強いが、賀川の場合は、かれに先行する内村鑑三よりより実践的に社会に対する行動を行っている。東洋哲学の陽明学における「知行合一」にも似た信念が感じられる。

協同組合の原点はもともとマルクスがその研究対象とした産業革命後のイギリス資本主義社会の過酷な矛盾から発生した「ロッジデール組合」である。また、そのロッジデール組合の基礎を作ったのが空想的社会主義者と言われるロバート・オーウェンである。そのオーウェンを批判し『空想から科学へ』と言ったのはエンゲルスであったが、その「科学」が非常に危うい状況となっている今日、果たしてもう一度「空想(理想)」の原点に立ち返る必要があるのではないだろうか。

そういう意味では、日本資本主義の矛盾が、益々激しくなる貧富の拡大と人間自身の崩壊につながろうとしている今、賀川の「協同思想」の原点とも言うべき「宇宙からの思想」はこの矛盾を抜け出す一つのヒントを与えてくれると思われる。