『世間虚仮・唯仏是真』

2017年の世界はトランプ新大統領就任で益々不透明な状況へと突入するようです。誰もが先に不安・不信を感じながら目の前の可視化できるものだけを信じ(ようとす)る。しかし可視化されたものの実体も果たしてあるのかどうかわからない。ただ、イメージだけが先行し、目の前にある実体とおぼしきものを無理やりイメージと合体させる。。。。
トランプにまつわる報道やそれに伴う現象を見ていると、誰もが「虚仮(こけ)にされている」という言葉がぴったりのような気がします。
 「虚仮」は仏教用語ですが、「実体のないもの」「ウソ」「空しい」などの意味があります。ヤクザが派手な格好をして派手な車で乗り付け脅すことを「虚仮脅し」と言いますが、脅される側は、服装や車から勝手にイメージを作りあげ、そこにヤクザは言葉巧みに人間の心理を突いてくる訳です。ヤクザに限らず政治家にもそのような人種は結構いるようですが。。。
テーマの『世間虚仮・唯仏是真(せけんこけ・ゆいぶつぜしん)』とは、聖徳太子の言葉です。直訳すれば、「世間の人の心は嘘ばかりで 真実は無い。ただ、仏の教えのみが真実である」という意味ですが、トランプ現象に対して、「メディアが・・・・」「でも現実は・・・・」「だって常識で考えれば・・・・」などと自我中心的に解釈し、右往左往する様が「世間虚仮」です。「株価」「為替」に自らの生活を重ね合わせて判断することも「世間虚仮」でしょう。そう考えると我々の過ごす時間は殆ど、この「虚仮」というものにまとわりつかれているようです。
 さて、新しい年『酉年』は変化が起きる年と言われていますが、私たち一人一人にも大きな変化の波が来そうです。できれば、「虚仮」ではなく「是真」と言える変化を遂げたいと思うものです。

2017年正月自然別荘滞在記

 今回で3度目の南伊豆某所にある洞窟(以後”自然別荘”と称す)で三が日を過ごした。今までの中で一番暖かで穏やかな日和に恵まれた。宿主の縄文人、三森師匠は前日大晦日の日に先に投宿開始。私は一日遅れて元旦の早朝六時高尾を出発、現地に正午きっかりに到着する。まずは寝床の確保が最初の作業だ。岩石ごろごろの所ではあるが私のテント張場は決まっている。別荘の入口付近に張るのは、寝床から見る満点の星空とはるか太平洋から登る朝日の鑑賞にうってつけだからだが、夜間はどうしても冷えるので夜中の生理現象に備える意味もある。宿主は元旦早朝から別荘近くの磯場で釣り三昧の時間を過ごしているとみえ、午後5時過ぎて辺りも暗くなるまでもまだ帰着していない。やっと6時過ぎに師匠が帰荘。獲物はメジナとカワハギ。早速たき火を囲んで二人で宴会を始めるも師匠は風邪気味とかで早々と就寝に及び、一人残された私は持参したウイスキー片手に別荘からのオリオン座とその直下に赤青に点滅するシリウスを眺めながら、一年振りの別荘での新年の夜をゆっくりと堪能する。

 さて翌朝二日。初日の出ではないが、海上から厳かに昇る太陽を期待しながら、暗いうち午前五時に起床。焚き火の傍らで朝食の焼き餅を焼いていると、三森師匠もやおら起き上がる。聞くと、シュラフを忘れたとのことで、風邪気味と言うこともうなづける。縄文人の師匠とは言え、真冬の別荘でシュラフ無しで過ごすことはさすがにきついのではないかと思いきや、師匠いわく。「もう体が慣れて来たから大丈夫!」とのこと。やはり縄文人の評価は正しいようだ。翻って私は、つとにやらなくなった結構高価な登山用具一式を持ち込み、まさに道具に頼る現代人。今年も改めて師匠からは縄文的生き方を学ばせてもらった。実は別荘に来る目的の一つにこの「縄文的生き方」を少しでも体得しようという動機もあるのである。そうこうしているうちにいよいよ朝日が昇る瞬間が訪れる。別荘奥から眺める太陽は、別荘の淵が切り取る空間のちょうど真ん中から昇って行く。その太陽に照らされ別荘の中も徐々に赤く染まって行く。この別荘の状況から見てこのような状態(洞窟)になったのは伊豆東部火山群の爆発か富士山爆発の影響によるものと思われるが、少なくとも500年から1000年、否もっと前の縄文時代に遡ることも出来るかもしれない、、、、などと想像してみるが、古の人もこの別荘からの神々しい昇陽を眺めたのではなかろうか。そう思うと、今この瞬間に古人と時間を超えて一体となったような気になる。

 二日目の別荘生活はこのように荘厳な心境から始まったのだが、一転して師匠と私は、釣行の準備をし、別荘近くにある通称“竜宮城”と地元の人が詠んでいる磯場へ出かける。実は縄文人たる三森師匠だが、サングラスにちょっと高価そうな竿、ワークマンで買ったというジャンパー。その釣行スタイルはまさに今風アングラーではないか!「縄文式釣はやらないのか?」という私の質問に答えて、「そんなんで釣れるわけはない!」と合理的且つ科学的(と思われる)返事が軽く返される。なるほど!現代において縄文式スタイルを貫くためには必要に応じて“現実主義”を取り入れることも必要なのだ、と私は勝手に解釈、これまた新しい教えとして納得する(笑)。さて釣行の結果だが、私は持参した渓流用ののべ竿に単純な浮き仕掛けにもかかわらず、メジナとフグを釣り上げることが出来た。これで今夜のおかずはとりあえずゲットした訳だ。この日は、私は午前中で磯場を離れる。ちなみにこの磯場は満潮時には渡れないのだが、干潮時には隣接するサンドスキー場の客たちも気軽に渡れるので、この日も結構な人たちでにぎわっていた。さて重要な作業を行わないといけない。別荘で何と言っても重要な物資は水である。持参した2Lペットボトルに集落の神社の御手水舎から頂く。もちろんその前にお賽銭を上げるのが常識だ。ついでに集落民宿の酒屋へ寄り、夜の宴会用に缶ビールを2本購入。ここの店主は80過ぎのおばあちゃんだが、口達者でいろいろ話をする。この日購入したビールには値段がついていたのだが、つまみに買ったおせんべには値段がついてなかった。おばあちゃんは困ったようすだったが、私が「200円くらいじゃないの?」と言うと「じゃ200円にしとくか」とあっさり値段が決まってしまった。どうみても100円くらいにしか見えなかったのだが、まぁ、適当にやるのが田舎暮らしの共同的生活思想なのだろう、という妙な納得で店を後にした。

 ところで、磯場を午前中で離れたのは、実は我々の自然別荘に隣接するところに某高級リゾート別荘地もあるのだが、この中にあるリゾートホテルの日帰り温泉に入浴するためだ。温泉無しの伊豆行は画竜点睛。これまでの過去2度の別荘行で心残りだったことが今年は実現できそうだ、ということで心は逸っていたのだ。この時は、そもそもの別荘行目的の「縄文人的生き方」など忘れたかのように、俗人となり果てていた。入浴料700円(タオル無し)は結構安い。泉質も単純アルカリで、近くに源泉がある。カウンター女史から、「本日ホテルは満室ですので日帰り入浴の方は1時間だけです」というちょっと嫌味な説明も気にかからず、さっそく小ぶりな、しかし、しっかりしたヒノキ湯に入る。もちろんかけ流しだ。昨夜の自然別荘の寝床は、地面からの冷気が高価なシュラフを突き抜けて肩と腰、背中を攻撃して来たのだが、温泉はこれをゆっくりと癒してくれた。そして、浴室からの眺めは真正面に海に浮かぶ利島がくっきり見える。まさに、至極である。「俗人もイイものだ」と転向した考えを持ちそうになる。しかし、まさにその瞬間。高級ホテルの入浴室窓に切り取られた空間からの眺望と我が自然別荘の淵が切り取る空間からの眺望が頭と心のなかで対比される。片方は身体は気持ちが良いが心の深淵を覗けない。もう片方は身体は厳しさにさらされるが心の深淵を覗くことができそうだ。この矛盾の解決をどこ求めようか、という疑問が湧いてくる。このような「ああでもない、こうでもない」という複雑怪奇な矛盾満載の問答を私は結構楽しむものだが、観念に自らをぶち込む生き方を否定しない私に対し、三森師匠の自然別荘生活における温泉考は単純明快である。「温泉に入ると疲れるから(自然別荘での生活には)必要ない」と一言。そうなのだ。至極の湯に入ったあと自然別荘に戻った私は、夜の宴会の準備どころか、義務としての“薪探し”もつらいほどにまったく身体が弛緩してしまった。師匠がシュラフ無しの生活に体をなじませるのとは反対に、まさに体がもとめる甘えにさらされた私は「風邪引き一歩手前」状態になる。これが、「う~ん、生きるとは実に奥が深いなぁ」と納得できた二日目の出来事だった。

 この夜は、毎年元旦にこの自然別荘を訪れる三森師匠の友人、伊東市在住の彫刻家の長野氏が夕刻に到着合流し、体調回復した師匠と私の3名での宴会となる。長野氏もなかなかユニークな方だ。彼が作る彫刻は芸術的と言うより実際的なものらしいが、氏自身はまた三森師匠とは違う現代的芸術思考があるようだ。自然別荘での話題は非常に豊富で、話が多岐に渡るのが面白い。都会生活における情報機器やその他の媒介物を通した話ではなく、自然素のままの話が心の世界に響くような感覚に捉われる。別荘の淵が切り取る空間に広がる星空と夜間飛行の飛行機の点滅が醸し出す情景は、現代に生きる人間の根源的意味を静かに教えてくれそうな気がする。昼間の温泉入浴のリバウンドも、冬の気候に対する人間自身がもつ存在の証としての抵抗力の熱源を徐々に回復させてきたようだ。もちろん、もう一つの人生の友である酒の力を少し借りてはいるが、、、。こうして二日目の夜も過ぎて行った。

 最終日の三日目の朝。この日は意外とあわただしい。夕方5時をめどに八王子に帰り着くためには、別荘を遅くとも9時前に出なければならない。三森師匠、長野氏と3名で朝日が昇るのを見届けた後は、師匠と長野氏は釣行の準備、私は撤収の準備を開始する。テントを片付け、シュラフをたたみ、昨日師匠が釣った鯛を生きたまま袋詰めにしてお土産として持ち帰る。その前に宿主への一宿一飯の義理として、最重要作業の一つである薪材の調達をする。岩場を登り、ウバメガシやナラが生い茂る森の中に入り、倒木や枯れ木を優先的に集め、最悪のこぎりで間伐を行う。これは自然別荘での掟でもある。すなわち、「なるべく自然の状態を保つ」「人為的痕跡を残さない」ということだ。したがって、別荘の焚火で持参したゴミを焼くことはもってのほかだ。これは「環境を守る」と言う現代的高尚な態度と言うことではなく、あくまでも別荘に仮住まいする漂白民としての基本的“防衛術”なのだ。この掟は重要必須だ。私も3度目の別荘行でその意義を認めることが出来た。午前8時半に少々センチメンタルな気分に捉われながらも別荘を撤収する。ここから下田駅へ向かうバス停まではおよそ1時間の徒歩行だ。昨日まで過ごしたわずか二日間とは言え、濃い時間を思い返しながらの徒歩行は心地よい。途中で、サーファーで賑わう浜辺で小休止する。バス停で出会った老婆は去年も同じところでひなたぼっこしていた。「こんにちは。去年もお会いしましたね」と言うと、「ああそうだったかね」と答えてくれた。バスを待つ30分ほどの間に、老婆の昔話を聞く。バス停前にある小学校は母校だそうだ。途中で浅草へ出たこともあったが人生のほとんどをこの地で暮らしたという。

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「平和」である。後で聞いた情報だったが、元旦にトルコでテロがあったという。世界は広い。また世界は絶えず動いている。「人は何のために生きるのか!」多くの人が、民族が、国家が、その答えを様々に持ち出してくる。小さな個人的なミニトリップ、というより短くも“ジャーニー”と言った方が適切に思える今年の三が日だった。

創造と破壊をくり返す歴史

 アメリカ大統領選挙結果については我が国のマスコミ、SNSなどあらゆる領域、階層から様々な評論が飛び交っています。ヒラリー(当選)を想定内として期待していた向きには相当なショックの様です。それは現政権支持派だけでなく反支持派においても共通な認識も見受けられます。それぞれの候補者の言辞や人格、それらに連なる様々な組織、ネットワークなどの思惑が絡んでいると思います。トランプのタカ派的、差別主義的性格を以て批判の対象とする「システム変更派」もいますが、大概に言えば、現秩序(システム)を維持するのか、そうでないのか、ということです。トランプ自身が「世界を変える」と言った訳ではなく逆に「国内優先」策を遂行しそうですが、今回のトランプ大統領誕生については、もっと大きな歴史のうねり現象として見ていくことの方が的確のように思います。
 歴史は線形的に進展するのではなく、カオスや複雑性を含む非線形的な流れであり、現実における個的な変化が歴史上の大きな変化を生んだ事例は数多くあるでしょう。もう一つの歴史進展の特性は「創造と破壊」という現象面があります。我々の日常世界も常に「創造と破壊」の繰り返しですが、歴史上においても「創造の時代」と「破壊の時代」というものがあるようです。しかし、創造と破壊は個別に断続して起こる訳ではなく、いわば創造的破壊と破壊的創造というインターフェイスを伴うと言えますが、この観点から今回の「トランプ大統領誕生」を「創造」とみるか「破壊」とみるか、また彼の実行する施策が「創造的破壊」策なのか、「破壊的創造」策なのか、どちらにしても、歴史が大きく動く要因としての今回のアメリカ大統領選挙は位置づけられるのではないでしょうか。 

 一言付け加えれば、歴史をこのように客観的に俯瞰することは文字通り頭の中の「想像力」であり、実体として存在する例えば私たち自身は、歴史上の主体的存在でこそあれ、他人事のような客体にはなれません。自分自身の身の回りの小さな変化、それは破壊かも知れないし創造かも知れない、そのような変化に対する自らの意志こそが重要なファクターとなるでしょう。表層的に「システム維持勢力」に回るにせよ「システム変更勢力」に回るにせよ、歴史を作る主体としての意志を自ら認識し、そして行動することこそが、「歴史の創造」へつながるということです。破壊から創造が生まれる時は、古いものと新しいものが激しくせめぎ合い、大きな苦痛も伴うものです。特に古いものが死に至る最後の断末魔の状況は想像を絶するものがあるでしょう。アメリカ国民も日本国民もそしてヨーロッパ、ロシア、中国、そして世界中がこのカオス状況、「創造と破壊」の時代へ突入したことを深く認識すべき時が来たように思います。

炭焼党員の恋 

18世紀末から19世紀初めにかけて、イタリア統一前のナポリ王国に炭焼党という秘密結社が誕生した。この頃のイタリアはまだ複数の小規模王国が強力なオーストリア帝国に支配されていたが、時はフランス革命を経てナポレオンがその勢力を伸ばしている頃、その秘密結社は、この革命の影響を受けた自由主義思想の人々によって構成された。彼らはカルボナーリと呼ばれ、党員は自らを炭焼人としてお互いを秘密裏に識別しながら「イタリアを外敵から救う」運動を展開した。ところで、今日の話しはこの炭焼党の話ではなく、フランスの小説家、スタンダールが書いた『ヴァニナ・ヴァニニ 炭焼党異聞』の中の話である。スタンダールは『赤と黒』や『恋愛論』など、人間の内面を独特に描写する書き手だが、特に男女間の不条理にも彼の視点はあるように思う。さて、ストーリは、ヴァニナという社交界の絶世の美女が、炭焼党の脱獄囚の若者のピエトロ・ミッシシリと恋に陥るがその顛末が実に哲学的に味わい深い物語となっている。ヴァニナはその美しさから数多くの貴公子に言い寄られるが、彼女の気を引く男はなかなか現れない。ある時の社交界である貴公子から「あなたのお気に入る男は,いったいどんな人間だかきかせていたけませんか。」という問いに「その脱走したという若い炭焼党員でしょう」と答えるが、その後、図らずも父がその炭焼党脱走者を邸宅に匿っていることを知り、衝撃と感動を受ける。その炭焼党の脱獄者ピエトロも若者として、瞬く間にヴァニナへの恋心が芽生える。ピエトロはヴァニナに「祖国解放」を熱く語り、「祖国解放の為ならばこの命を捧げても惜しくない」と話すが、その熱く語るピエトロの言葉と瞳にヴァニナは、他の貴公子には無いものを感じ、益々魅かれていく。ヴァニナにとっては、ピエトロの「祖国解放」への熱情と自らへの恋の熱情は同じものとして最初は受け取るが、ピエトロが自分より祖国解放運動の方へ傾きつつあることを知るうちにヴァニナの心の中で葛藤が始まる。一方、ピエトロも「革命運動」と「恋」の間で悩む。ある時、ピエトロを首領とする炭焼党はローマ政府への反抗蜂起を企てる。ピエトロは言う。「もしこの計画が成功しなかったら、今度こそおれはいよいよ祖国を捨てて行くんだ」と。これを聞いたヴァニナはピエトロの名前だけを消した蜂起メンバーの名簿を政府にこっそりと渡す。ピエトロの言葉をヴァニナは彼女に都合の良いように解釈したのである。そしてピエトロだけが助かり他のメンバーはすべて処刑されたことからピエトロは深い自責の念で自首する。ヴァニナにとっては、ピエトロの自首は想定されていなかったが、彼女はピエトロを処刑から救うことに彼女自身のピエトロへの裏切りへの自責を清めるためにも奔走する。牢屋でヴァニナと対面したピエトロは、「私がこの地上で執着するものがあるとすれば、ヴァニナ、それはもちろんあなただ。だが、神様のおかげで私は生きている間、一つの目的しかなくなった。この牢屋で死ぬか、さもなければイタリアの自由を救うためにはたらくか」。このピエトロの言葉にヴァニナはピエトロの気持ちを振り向かせる最後の望みを掛けてこれまでの裏切りを一部始終告白する。しかし、この告白を聞いたピエトロは「この、人でなし」「おのれ、人非人、おれはお前のようなやつに何一つ恩に着るのはいやだ」という言葉を投げつけ、ヴァニナが渡した脱獄用のヤスリとダイヤモンドを投げつけるのだった。物語は、その後ヴァニナはある公爵と結婚したことで終わっている。
さて、ピエトロの情熱とヴァニナの情熱の違いは何であろうか。一気に「男と女の違いさ!」などと旧聞に付すような一般的結論に急ぐ必要は無いが、「祖国愛」という社会的情熱と「自己愛」或いは「自尊心」という個的情熱、権力の側に位置する女と反体制の男、実に様々な要因が考えられるが、「恋愛論」にも深く思考するスタンダールはこの短編小説で何を言いたかったのだろうか、という問いとともに現代における「男と女」の在り方の問題としても面白い題材のように思える作品である。 現代的解釈はそれとして、スタンダールが敢えて「炭焼党」という具体的な存在を題材としたことは、スタンダール自身が炭焼党の支持者であったと思われることや、『ヴァニナ・ヴァニニ』の副題には、「法王領において発見されたる炭焼党最後の結社に関する顛末」となっていることから、この当時のヨーロッパに吹きすさぶ革命の嵐の中での恋愛への考察を行ったのではないか。しかし、スタンダール自身が恋愛の情熱と社会的情熱とをどのように考えればよいか、結局この小説においてはその回答を出すことは出来なかったのだろう。彼は恋愛についてこう言う。『自尊心の恋は、一瞬にして過ぎ去る。情熱恋愛は逆である。』ヴァニナもピエトロも結局は自尊心の恋だったのだろうか!
小説は岩波文庫復刻版『ヴァニナ・ヴァニニ』で読める。興味あるかたどうぞお読みください。2時間もあれば読了できる短さだが、提起している”課題”は永遠の解けない問題でもあるようです。

観念と経験について

経験から観念が生まれるのか、観念が行為を決定し経験になるのか、有体に言えば「卵鶏論争」レベルの話にもなるが、実在する社会は全くカオス状況であり、そこには経験と観念がせめぎ合いと混ざり合いを絶えず繰り返している。我を主体として外を見れば社会は客体であり、社会を主体としてそこから我を見ればそれは客体となる。そのように主語と述語が絶えず反転する世界の中で、これまでの思想家或いは宗教家が行った思弁はある意味表裏一体にあるとすれば、それらを一元化する、或いは出来る「論理」というものを、言葉を変えれば「至高唯一の論理」を西洋人は有史以前から追求する努力をしてきたように思われる。その構造は継時的な縦糸として「宗教(キリスト教)」があり、共時的な横糸として「思弁・思想」がある壮大な切れ目のない織物のようである。そのような無限の織物を有限の人間が果たして完全に使いこなせる日が来るのか、織物が織物として最期の切れ目を作れるのか。今現在、西洋的な思考がその行きづまりを見せているように思われるが、実は際限のない織物を織っているのではないだろうか。その織物の柄は多分カノンなのだろう。

男性<主流>文化から女性<主流>文化への転換

人類の歴史は、「男」と「女」という根源的2大本質から作られて来た。宗教的に言えば、アダムとイブの原罪から始まった。しかし、我々が確認できる歴史においては、この2大本質は一方的な従属関係、支配被支配関係に固定され、そこから作り出される人間の文化、特に広義的に解釈して、政治・経済・文明・科学・宗教・芸術、、、、など様々な人間が創りあげたシステムは、すべて「男」的な性質を有している。「男的な性質」について、ドイツの社会学ゲオルク・ジンメル(1858-1918)は、男性の性質を「客観的」「即物的」「分化・分業的」「専門的」、女性の性質を「主観的」「人格的」「全体的連帯性」と分析、男性は自己超越性をもち、女性は自己充足性をもっていると見たが、ジンメルの論に従うならば、例えば近代以降の科学の発達のベースには「男的な性質」があり、そこから作り出された社会システム(政治・経済・軍事・医療・芸術・・・・・)はいわば「男性OS(オペレーションソフト)」に基づいて作られているといえる。ここから一気に結論を言うとすれば、現在の社会システムにおける様々な誤謬の要因をこのOSとみるならば、これを「女性OS」に切り替えるという発想が出て来るのは必定である。確かに、近代以降においてはこの性差(ジェンダー)意識の課題は顕在化され、たとえば婦人参政権などに見られる「女性の権利」を社会システムに組み込む動きは活発にはなってきたが、これは女性性質を男性性質へ同化させるという限界或いはあらたな誤謬の要因を生む結果ともなっている。また性差の本質を固定せず、両性融合的な概念を打ち立てようとするジェンダーフリー思想、或いはフェミニズムなども起きているが、歴史の進歩法則としての弁証法を用いるならば、「正(男)・「反(女)」・「合(両性融合)」の流れに従い、近代以降の矛盾への対処として、「反(女)」の時代創出を図るべきと思われる。
ジェンダード・イノベーション」という言葉がある。アメリカのロンダ・シービンガー博士が提唱した概念だが、男女の性差を十分に理解し、それに基づいた研究開発をすることですべての方に適した「真のイノベーション」を創り出そう、というものだ。科学の歴史の中で、従来「性差」はほとんど認識されることなく、科学者たちは無意識のうちに同性である男性のみを基準として様々な研究開発を行ってきた。車のシートベルト設計や鎮痛薬の開発など、性差が顧みられていなかったことによる不具合が実は考えられていたよりもずっと深刻であることがわかり始めたのはつい最近のことだ。こうした性差認識の重要性を、シービンガー博士は科学史の中に隠されていた女性の存在を様々な角度から浮かび上がらせることで明らかにした。その業績はEU(欧州連合)の「女性と科学」政策に大きな影響を及ぼし、のちのジェンダーサミット発足の原動力となった。 (※科学技術振興機構より)

唐十郎『少女仮面』鑑賞記

不条理劇が今日の社会においてどれほどの影響力を持つことが出来るのか、その可能性を少しは期待できそうな演劇だった。この劇が演じられた1969年は日本社会が60年安保に続く戦後2番目の動乱時期であったが、60年の政治闘争が文字通り「政治イデオロギー」にフォーカスした闘争であったのに比べ、70年はまさに不条理の中から人間存在を確かめようという「存在イデオロギー」が跋扈した訳だが、政治的には例えば連合赤軍を一つの象徴とする「敗北」に終わったように、不条理劇も社会変革を起こすこともなく紅テント、黒テント天井桟敷等の一瞬の祝祭的象徴化に留まったように思う。これは、演じる側と観る側の拮抗が、存在の根底から反転して社会変革(革命)へ向かうことなくその後の「個」への限りない没入へと陥ったことは不条理劇の持つもう一つの本質であったかもしれない。それからの50年は、演劇界はまさに古典芸能も含めいわば”社会と寝る”「軽チャー商業」路線一筋に向かった訳だが、先日の歌舞伎俳優の不倫騒動などもその一端の現れだろう。話が逸れたが、今日の情況で、奇しくも昨年の「安保法成立」から丁度一年と言うこの日に、この劇を鑑賞した意味を敢えて言うならば、60年、70年と続く50年のブランクを超えての「革命劇」としての意味づけを敢えて行いたい。ヅカジェンヌ春日野が永遠の処女と肉体を欲する存在としての矛盾と「日本を世界一に!」と叫びまくる安倍晋三の虚偽性は実は表裏一体のものだ。「少女仮面」とは老いた肉体のわが日本の姿でもある。
今回の劇を演じたのは、私の世代より二回り、三回りも若い諸君たちであり、もちろん彼らは今から60年前、50年前の状況を知る由もない世代である。にもかかわらず、ストーリー劇中心の時代においてあえて不条理劇を演ずるその勇気は買いたい。また観る側も私の世代はほんの一握りであり、ほとんどが演じる側と同じ世代であった。形式的に言えば、50年前の「演じる・観るの一体化」は少なくとも年齢的には達成された訳で、昔を懐かしむ回帰主義や懐古趣味ではない。果たして、新しい不条理劇の運動がおこるのかどうか、現実が虚構を上回る「衝撃」が日常化している時に、敢えて舞台と言う虚構から現実を狙い撃ちできるのか、そこに期待してみたい。